第六話 恋する気持ち



「叶野さん、ドリア出来ましたよ。」

「・・・・・」

「叶野さん。」

「・・・・・」

「・・・叶野さん、オムライスの玉子、焦げてます。」

「っ!!うぉぉぉっと!!」

「どうしたんすか?ずーっとボーっとして・・・風邪すか?」

「いや考え事してただけだ・・・
ここまで黒いと、こりゃ作り直しか・・・」

なんたる失態・・・このオレが玉子を焦がすとは・・・
オレがこんな状態なのも12月24日、25日のバイトのせいだ。
まさかフロアメンバーは桜井と合田のペアだとは・・・
しかしよく考えてみれば、合田がクリスマス出勤ということは、奴も彼女無しか?
だとしたら桜井ともしかするともしかするのか・・・?

・・・・ダメだ。考えるのは止そう。

よく見てみると今日は客が少ないようだ。
店長は18時で帰宅し、フロアは桜井と新美の二人だけである。
店長がいない、暇なせいもあって、今日の桜井と新美はお喋りし放題であった。
確か20時くらいから山神やおばちゃん達が出勤する。それまであの二人はあの感じだろう。

新美が桜井とずっと喋っているおかげで、何かオレも気が楽だ。
んじゃ気分転換に、オレも袴田と喋るか。

オレは袴田から受け取ったドリアと、作り直したオムライスをフロア側に出し、
さっそく袴田に声を掛けることにする。

「ときに袴田君。キミに聞きたいことがあるのだが?」

「なんです?」

「スケジュールを見ると、キミはクリスマスイブとクリスマス・・・
バイトが入ってるようじゃないか。彼女とかいないのか?」

「・・・ええ、まぁ・・・
見たまんま、僕は彼女ずっといないですし、もちろん童貞ですよ。」

「そ、そうか。何か悪いこと聞いてしまったか。」

「いえ・・・叶野さんってAnonって知ってます?」

ん?Anonて、かなり有名なエロゲじゃ・・・
最近じゃテレビアニメもやってるという大御所だぞ。
ま、まさか袴田、こいつは!?

「・・・キミってもしかしてエロ、じゃなくて・・PCゲームが好き、とか?」

「このタイトルが通じるということは、叶野さんも・・・ですか?」

知らなかった・・・こんな身近に同類がいたとは・・・

「あ、ああ。実はそういうわけだが・・・
絶対内緒にしてくれよ・・・?」

「もちろんですよ!!意外だったなぁ、叶野さんもそっち系だなんて!!
僕は今年のクリスマスをAnonで過ごそうと思うんですよ!!あみに『うるぅ・・・』なぁんて言われた日にはぁっ!!
僕の好きなキャラは"星宮あみ"なんですがね。あみのためだったら、いくらでも大判焼き買ってあげますよ!!
ちなみに叶野さんは一体何が好きなんですか?もちろん好きな作品とかあるんですよね?
純愛ですか?それとも鬼畜系?」

正直引いてしまった・・・
オレがもし本性出してしまったら、こんな感じに見えてしまうのか・・・?
まぁ海道以外の前じゃエロゲの話なんてしないが、気を付けることにしよう・・・

「オレか・・・知ってるかな?ちょっと古いが、オレはNative2っていう作品が好きだ。」

「もちろん知ってますよぉ!! 僕はプレイしたことは無いですけど、当時はどこも売り切れ続出だったみたいですよ!!
今じゃ初回限定版はプレミアなくらいです!!」

「そ、そうか。」

何かヤバイものを感じるぞ、こいつからは・・・
いつまでもこいつと話していてはフロアの二人からもオレが勘違いされてしまう・・・

「叶野っちー、袴田と楽しそうだね〜。」

「そ、そうか?」

オレ達が余程楽しそうに会話しているように見えたのか、新美はオレ達に話しかけて来た。
ナイスだ、新美!!オレを袴田から救ってくれ!!

「あたし、袴田と中学同じだったんだけど・・・
そいつたまに訳分かんないこと言うでしょ。叶野っちも大変だね〜。」

「うるせぇよ、オマエだって中学時代は色々凄まじかったじゃねぇか。」

「おー、何か面白そうな話じゃないか。詳しく聞かせてくれよ。」

「その話はダメ〜!!分かった分かった、マジごめんってば!!
だからその話はやめて、マジで!!」

ふむ、この袴田と新美は同じ中学だったのか・・・
それに新美のこの慌てぶり・・・中学時代に何があったのか気になるとこだな。

・・・しっかし、桜井は今まで新美と仲良く話してたくせに、オレが会話に入るとまったく知らんぷりかよ・・・

「袴田はそれとして、叶野っちは彼女とかいないの?
クリスマスにバイト入ってるみたいだし。」

「お、おお。いないぞオレは。」

「好きな子とかもいないの?」

桜井の方を見てみる。
オレ達の話が聞こえてるだろうに、まったく見向きもしない。

「そうだな・・・まぁそれは秘密で。」

「つまんなーい!!
あ、桜井っちは好きな人いるんだよ〜。知ってた?」

!!!!

「ソ、そうナンダ、さくらいスキなヒトいたんダ。」

棒読みであった。
新美も知ってるんだな、桜井の好きな奴・・・
仲良いから当たり前っちゃ当たり前か。

でもこんな話をオレの前で出すということは、オレが告白したこと、桜井は新美に言ってないみたいだ。
よかった・・・そこはちゃんと内緒にしてくれたみたいで。

「めぐ、その話は・・・」

「ん?内緒?じゃあ止めとくよ〜。」

「え〜気になるじゃんか〜」

この野郎・・・空気読めよバカマダ!!

「本人が嫌そうなんで内緒〜。
すくなくとも袴田、オマエじゃないから安心してね〜」

「知ってるよそんなの!!」

こんな楽しげな会話が続いたが、桜井はなかなか会話に入って来なかった。
たまに新美が話しを振っても、頷く程度であった。
なんだよ、感じ悪いな・・・

結局、今日はしばらくこんな感じの会話が続いた。
だがそれも20時までであり、この辺りから深夜組が出勤して来る。
新美の彼氏の山神もその一人だ。
山神が来た途端、新美ははしゃぎだすし、困ったものだ。
正直、今日は暇とはいえ、目の前でイチャつかれるのはイライラした。

ま、どうせ彼女がいない僻みでしかないがね・・・




「叶野さん、もう十時すよ。上がりましょうか。
ゴミ捨てはやっておきましたんで。」

「サンクス。よし、じゃあ上がるか。」

フロアを見てみる。桜井と新美はまだ掛かりそうか。
今のうちにさっさと着替えて帰るかな。
新美はともかく、桜井は気まずいしな。

袴田がまだ何かやってたが気にせず休憩室に入る。
よし、誰もいない。
さっさと着替えて帰ろう。

オレは休憩室内の更衣室に入り、作業服を一気に脱ぎ捨てる。
更衣室、というかほとんど休憩室だが、暖房が掛かってるにも関わらず、
やはり裸になると寒いな・・・まぁ真冬だし当然だな。

「よし」

着替えたことだし帰るか。

「ひどいっすよ叶野さ〜ん。
僕、帰る間際におばちゃん達に掃除頼まれちゃったじゃないすか〜。」

「すまんな、オレは急いでいる。んじゃ。」

オレは休憩室から出る。
と、休憩室を出た先には桜井がいた。
なんてタイミングの悪い・・・

「おつかれ、んじゃ。」

とりあえずの挨拶、それだけ言ってオレは退散する。

「待って・・・」

「ん?」

「待ってて欲しい・・・
すぐ着替えてくるから・・・」

「・・・何で?」

「いいから・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「分かったよ・・・じゃあ外で待ってるから。」

「うん、ありがと・・・」

一体何があるっていうんだ・・・今更・・・
オレは言われるがまま、外で待つことにする。

外に出たオレは、ガーデンの駐車場で待つことにする。
ここからなら休憩室から桜井が出て来てもすぐ分かるしな。

・・・・・・・
寒いな・・・
外じゃなく、休憩室で待ってればよかったかも・・・
いやいや、休憩室で待つということは、すぐ傍の更衣室で桜井が着替えてるてことよ?
そんなことしたら、桜井が着替えてる音が聞こえてしまうよ。
服を脱ぐときの、生地が肌に擦れる音・・・そんな音聞いたらオレ興奮するかも・・・
これじゃオレ変態じゃん・・・
でもオレの家に来たときの桜井の足、綺麗だったもんなぁ・・・

ふぅ・・・
まったくオレってバカかな・・・?
フラれたっていうのに、まだ何かを期待している。
そんなオレの勝手な期待で、一番苦しい思いしたって、オレが一番理解しているはずなのにな。

・・・・・・・
そいや、桜井は上がってたのに、新美はまだ上がってないみたいだな。
山神がいるし、たぶんずっと話してるんだろうなぁ。
まったく、仕事中にイチャイチャするなよ・・・

・・・・・・・
まだ桜井来ないぞ・・・
てかほんとに寒いんすけど・・・

そんなときだった、休憩室の扉が開き、そこから桜井が出て来た。
桜井は辺りを見回し、オレに気付くとこちらに走って来た。

「ごめん、お待たせ・・・」

「うん・・・」

「あたしの家、ガーデンからそう遠くないじゃない?
だから、一緒に帰ろ・・・」

「え・・?なんでまた・・・」

「いいから・・・」

「分かったよ・・・」

オレは自転車を引いて、桜井の家まで一緒に帰ることになった。
一体何なんだろう、本当に今更・・・
期待しちゃいけないと分かってても、期待してしまうじゃないか・・・

「新美、まだ上がってなかったみたいだな。」

「雄介さんとまだ話してたみたい・・・」

「・・・雄介?
・・・名前、呼びなんだ・・?」

「え・・・?」

「いや、名前で呼ぶほど、そんなに山神・・さんと親しいのかな、と。」

「だって高野さんや合田さん達が雄介って呼んでるから・・・
ついあたしも雄介さんって・・・」

「そう・・・」

正直かなり気に入らなかった。
他の男を名前で呼んでいたのが・・・
桜井の口から合田という名前が出るのも・・・

「ちょっと寄り道・・・いい?」

「いいよ・・・」

ほんとにオレってば流されるがままだ・・・
でもオレと一緒に帰りたいと言った桜井・・・
その真意が知りたいがためにオレは付き合うことにする。

「ここ、あたしがよく子供の頃遊んでた公園なんだ。」

そこは滑り台や砂場があり・・・どこにでもあるような公園だった。
当然だが、今の時間帯、公園には誰もいない。

「ちょっと話そ?
ほら、あそこのベンチ。」

「オマエ、お母さんうるさいんじゃなかったのか?
いいのかよ、早く帰らなくて。」

「ちょっとだけだから・・・」

そう言い桜井はベンチに座る。
しょうがなくオレも隣に座ることにする。もちろん多少距離を空けてだが。

「で、何を話すんだ・・・?」

桜井はしばらくの沈黙の後、

「・・・あたしね、叶野君のこと、好きになった・・・」

「は・・・?」

それは本当に突然だった・・・
このときのオレの顔はさぞかしマヌケだったろう。
確かにありもしない期待はしてたさ。
でもそんな期待以上の突然の告白。
オレは何も言葉が出なかった。

「あんなに素直に好きって言われたの初めてで・・・
今思い出しても、本当にすごく嬉しかった・・・
あの後もね、ずっと叶野君のことばかり思ってたんだよ?」

「・・・・・」

「合田さんのことはすぐには忘れられないかもしれない・・・
でもあたしは叶野君が好きだから・・・」

「・・・・・」

心臓がバクバクする。
桜井に告白をしたとき以上に、オレの心臓は今ものすごい早さで動いている。

「・・・もうちょっとそっちに寄ってもいい?」

オレはうまく声が出せず、頷く。
頷くと、桜井はオレのすぐ隣に寄った。
お互いの腕がくっつくくらいの距離だった。

「こんなあたしでよければ・・・」

フラれたと思った恋が、今実ったのだ。
頭の中が真っ白になった。
もう急に桜井が愛しくなり、オレは桜井を抱きしめた。

「っ!!・・・
・・・あぅ、びっくりし・・・んぅ!?」

「・・・・・」

「んん・・・」

オレは桜井の唇に自分の唇を重ねた。
正式に付き合うと決まった瞬間、キス・・・
頭の中が真っ白になったオレは暴走していたのだ。
でも、付き合うことになったんだから悪いことじゃない・・・
桜井だって拒絶したりせず、目を瞑ってオレを受け入れてくれた。

好きな子と付き合ったのなら、少しくらい積極的な方がいい。
それが、オレが過去の恋愛で学んだことなのだから・・・

オレ達はお互いの唇の感触を長い間確かめ合った。


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