第五話 クリスマスの予定



「じゃあここの英文の訳を・・・よし叶野、訳してくれ。」

「・・・・・」

「叶野!!ったく・・・
じゃあその後ろの岡崎、ここを訳してくれ。」

オレは本当は寝てなんかいなかった。
ただめんどくさかった・・・

昨日桜井にフラれたのをまだ引きずっている訳で、何もやる気が起きない。
休めばよかったな、学校・・・

オレは昨日結局家に帰って泣いた。
布団に包まって、声を殺して・・・

しかしある程度涙を流すと、気分は多少楽になった。
だからエロゲーでもやって癒されようと思ってPCの電源を点けるが、どうにもやる気が起きない。
結局PCからエロゲーソングを垂れ流しの状態にし、オレは少し早い睡眠に入ったのだった。

昨日あれだけ早く寝たものだから、いつもは学校では寝ているが正直今日はまったく眠くない。
むしろバッチリ目が覚めている。
だからといって授業を真面目にやる気もなく、オレは寝たフリで過ごすだけだった。

「おい叶野、起きろよ。メシだぞ。」

いつのまにか昼休みに入っていたようだ、いつものお目覚め石井ボイスが響き渡る。
寝ていた訳じゃないがとりあえず寝ていたように見せるため、眠そうな表情で顔を上げる。

「さ、メシ食おうぜ〜。
叶野、オレのクロワッサンいるか?それともミニあんぱんがいいか?」

突然どうしたのだろうか、
あの石井が自分のパンを人にあげるなんて・・・

「叶野、オレのからあげはどうだ?」

田中も自分の弁当箱からおかずを取り出し、オレに食べるよう薦める。
これはまさか・・・

「オマエ等一体何のつもり・・・?」

「いやいや、言わずともオレ達には分かっている・・・
今日は何も言わず、オレ達の優しさを受け止めろ。」

「オマエが話したくなれば話せばいいよ、とにかくしばらくは心を癒しなよ。」

そういうことか・・・
オレの雰囲気から、オレがフラれたと思っているてことか・・・
まさしくその通りなんだが。

「ああ、すまんな。田中のからあげだけもらうよ。」

「なぬ!?オレのはいらんとな!!」

「だってオレ弁当だぞ?弁当にパンて合わないだろ。」

正直、余計なお世話だった。
優しさは時として残酷なもの・・・て言葉があったな。そんな感じだ。
しかし、そんなことでこいつらの関係を崩すのもあれなので、受け取っておくことにする。

「そいや、もうあと少しで学校も終わりだな。
今年は三人でどっか遊びに行くか?カラオケでも。」

「そうだな、オレ達学校以外で遊ぶことないもんな。 冬休み、三人でどっか行こうか叶野?」

「どうかな・・・冬休みはバイトで忙しいと思うし。」

年末年始でもガーデンは24時間営業だ。
そのため、とても遊ぶ時間は無い。

二人はオレを励ます気なのだろうが、
オレのテンションがこれ以上上がらないことを悟ると、いつもの会話になる。
しかし、クリスマスの話題を出したりしない等、その辺りは気を遣ってくれている。

そんなよそよそしい昼食が終わり、昼休みの終わりを告げるチャイムがなる。

「やっぱダメだな・・・わりぃ、今日帰るわ。」

オレは鞄を持ち、席を立つ。

「おいおい、昼メシ食ってすぐ早退かよ!?」

「叶野・・・
わかった、先生には適当に言っておくよ。」

「おう、んじゃあな。」

今日は六時からバイトだし、それまでゆっくり休むか・・・
そいや今日は桜井も同じ時間からなんだよな・・・

オレは学校を後にし、家に帰った。
幸い、両親はは仕事のため夜までいない。
そのためオレは学校をサボることが多々ある・・・
たぶん卒業出来ると思うが、ちょっと最近心配になってきたな・・・

「あ〜、何やるかな・・・眠たい訳でもねぇし。」

鞄を投げ捨てた後、部屋を見渡し何で時間を潰すか考える。

「Native2でもやるか。昨日やってないし。」

PCを立ち上げ、Native2を起動させる。
起動させると聞き慣れたOPソングが流れた。
この曲を聴くと癒される・・・
Native2の季節は冬である。そのためOPソングも冬をテーマとしていた。
今の時期にピッタリな曲だな。

OPソングが終わるとタイトル画面が表示された。見慣れた画面だ。
オレは慣れた手付きでLOAD画面を表示させる。

「どれを見ようか・・・」

Native2はマルチエンディングで、EDはざっと20個もある。
そのためオレはいくつものEDの直前でセーブデータを取ってある。
いつでもEDが見れるためだ。

「やはり千都瀬と色のダブルウェディングだな。」

オレの好きなヒロインは二人、鳩山千都瀬と鳩山色である。
この二人は双子であり、同時に主人公の義理の妹でもある。
どちらか片方とEDを迎えるわけだが、やり方によっては二人と結ばれることもある。
もし片方と結ばれても、片方は残される・・・
それは絶対にダメだ、三人で幸せになるんだ。
オレは二人とも愛しているんだから・・・

オレはデータをロードし、ゲームを進める。
あぁ、やっぱ良い・・・良すぎる・・・

オレはダブルウェディングEDを堪能し、その後は千都瀬と色の個々のEDを堪能する。
そして気付けばもう五時半を過ぎ、六時まで後20分程であった。

「やっば!!もう急いで行かなきゃいけないじゃねぇか!!」

迂闊だった・・・夢中になり過ぎてまったく時間見てなかった・・・
オレは急いでPCを消し、家を出る。
このときオレはバイトを遅刻しないようにとだけで、桜井のことはまったく考えていなかった。





「おはようございまーす」

なんとか間に合った・・・
結構自転車を飛ばしたからか、時間的にかなり余裕であった。
オレは休憩室に入り、辺りを見渡す。

まだ桜井は来ていない・・・
良かった、この部屋にいるのは新美と店長だけだ。
さっさと着替えてキッチンに入ろう。

「叶野っち、おはよ〜。」

「叶野君おはよう。あ、叶野君に確認したいんだけどさ。」

「はい?」

「今月の24日と25日、叶野君出勤大丈夫だよね?」

「はぁ大丈夫すけど・・・」

「そうかそうか!!叶野君は暇か!!
いや〜、みんなクリスマスだから休み多くてね、困ってたんだよ!!」

「はぁ。」

やはり来たか、毎年恒例の・・・
オレに彼女なんていない、出来る訳がない、みんなそう思っているだろう。
店長もその一人だ。
だからか、毎年オレは12月24日と25日は出勤させられる。

クリスマスというイベントの日、バイトに出勤する奴は少ない。
出勤する時点で、自分は何の予定も無い寂しい人間だと言っているようなものだ。
誰だってバイトより自分の恋愛が大事に決まっている。
オレに彼女がいないとあらば、それは出勤メンバー決定ということである。
別に構わないさ、クリスマスはガーデンにそんなに客も来ないし、楽に稼げるから。

「高野君も天野さんも、新美さんも休みだから丁度良かったよ。」

そいや高野孝治の彼女は天野理恵(あまのりえ)ていったか。
ちょっと天然が入ってる、オレより一つ年下の本当に普通の女の子だ。
あんな良い子そうなのが、あのバカみたいな高野と付き合っているなんてな・・・
やはり女は年上が好きなのさ。桜井も新美も同様でな。

「おはようございまぁす。」

この声は・・・
休憩室に入って来た人物は見なくても分かる。
この声は桜井だ・・・
さっさと着替えてキッチンに行くつもりが、店長のせいで台無しじゃないか・・・

「桜井っち、おっは〜。」

「めぐ、おはよ〜。」

この状況ではオレも挨拶を返さないと不自然だな・・・
オレはしょうがなく挨拶を返す。

「おはよーございます。」

オレから出た挨拶の言葉はとても無機質なものであった。
桜井と一瞬目が合ったが、オレはすぐさま目をそらす。

「じゃあ24日と25日よろしくね。
丁度桜井さんも来たから桜井さんにも聞いてみるか。」

店長は休憩室に入って来たばかりの桜井に、さっそく声を掛ける。

「桜井さん、24日と25日出勤できる?
なかなか出勤してくれる人がいなくてね。頼むよ。」

桜井がもしここで出勤を断ったら・・・
断るということはもしや・・・

そんな悪い想像ばかり思い浮かんで来たオレは、すぐさま休憩室内の更衣室に入る。
更衣室に入ったオレはいつもより少し物音を出させ、桜井の声が聞こえないようにする。
だがそんな事をしても桜井の返事はあっさり聞こえてしまった。

「あたしは全然構わないですよ。」

その言葉に少し安心してしまった自分がいる。
桜井はクリスマスに予定はないということか・・・
フラれた相手が、フッた直後に彼氏が出来ました〜じゃなくて良かった・・・

「お〜良かった!!
じゃあフロアは桜井さんと合田君、キッチンは叶野君と袴田君・・・
よし、これで決定だ!!」

ん?ちょっと待てよ・・・
なんだその組み合わせは・・・
クリスマスだから客が来ないのは分かるし、だからフロアとキッチンに二人ずつなのも分かる。
だがフロアに桜井と合田・・・よりにもよってこの二人かよ・・・
その二人が仲良く喋っているのを、オレはキッチンからずっと眺めていなきゃいけないのか?
キッチンからだと嫌でも見えてしまうじゃないか・・・

オレはパンツ一丁の状態でしばらく固まっていたのだった・・・


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