第四話 失恋



オレの家から桜井の家へはそう距離は遠くはない。
時間にすれば15分くらいだろうか。
オレ達は自転車を押しながら桜井の家へ向かっていた。

「桜井の家て結構近かったんだな・・・」

「うん・・・」

「・・・・・」

沈黙。
やはり気まずい。送るなんて言わなければよかったか?
だが女の子一人で帰すのは危ないし、オレの選択は間違ってはいない。

沈黙が気まずいため必死に言葉を探し桜井に話しかけるが、
帰ってくる返事は一言「うん」くらいだ。

フラれたくせに、何でオレ桜井の機嫌取りみたいなことやってんだろ・・・
オレの偏見かもしれないが、女というのは年上が好きなんだと思う。
桜井の好きな合田も、オレや桜井より一つ年上だ。
そんなチャラチャラした年上が好きなら、さっさと行けばいい。
どうせ同い年には興味ないんだろ。

もうオレは話しかけるのも面倒くさくなり、桜井の家に着くまで無言でいようと決めた。

「叶野君・・・」

「ん・・・?」

この帰り道、初めて桜井から話しかけてきた。

「あたしね、叶野君の気持ちすごい嬉しかった・・・」

何言ってるんだろう、この女は。
嬉しかったも何も、フッたのはオマエだろう。
同情か?一体何が言いたいんだ。

「もうちょっと待っててね・・・
あたしも叶野君のように頑張るから・・・」

何だろうこの意味深な言葉は。
でももう正直どうでもよかった。寒いしさっさと家に帰りたい。

「ああ・・・」

とりあえず返事をしてみる。
そうだ、最後に言っておきたい事があった。

「なぁ、オレがオマエに告白したの、さ。
ガーデンの連中とかには内緒で・・いいかな。」

情けないが、やはりオレがフラれたことは知られたくない。
最後までカッコ悪いなオレ・・・

「当たり前だよ。あたしだって合田さんの事が好きだし、
人を好きだっていう気持ちを馬鹿にするような事しない。 誰にも言わないから安心して。」

「ならいいんだ・・・」

「それじゃあたしの家あそこだから・・・」

桜井は一軒の家を指差す。どこにでもあるような普通の家だった。

「あたしのお母さんね、厳しい人なの・・・
叶野君と一緒にいるところ見られたら叶野君にまで迷惑が掛かるから・・・」

あぁ、つまり彼氏でもないのに、彼氏だと勘違いされたくないのか。
オレはそう解釈した。ならここで退散するべきだろう。

「ああ、わかった。じゃあな。」

そっけない別れの言葉であったが、もうどうでもいい。

「うん、またね・・・」

オレは桜井と別れ、さっさと家に帰ることにする。
この傷ついた心を、Native2で癒そう。
オレがこの世で最も愛すべき女・・・
それはNative2のメインヒロイン"鳩山 千都瀬"と"鳩山 色"だけなのだから・・・

オレはさっさと家に帰ってエロゲーをやることにする。
そうだ、桜井が家に来たのだってオレの勘違いだったんだ。
ただオレが勘違いして、勝手に盛り上がっていただけだったんだ。

そうだよ、いつもの生活に戻るだけじゃないか。
オレには彼女なんか出来る訳がない。
桜井のだって、あの時だって、全部運が良かっただけだ。

そう思えば気が楽になる。
よし、さっさと帰ろう!!オレの千都瀬と色が待っている!!

「あ・・・」

と、思ったがオレはあることを忘れていた。
次いつバイトがあるかスケジュールを見忘れたのだ。

「しまったな・・・」

バイト先であるガーデンは桜井の家からそう遠くはなかった。
家に帰る前に寄っておくか・・・

オレは自転車のペダルを漕ぐのを止め、ここからガーデンの道を思い出す。
ガーデンに面接に行くとき、迷ってここらへんを走っていたな・・・
確かあそこの自販機を・・・

「あった・・・」

今の時間は八時過ぎ、結構客がいるな。
みんなの邪魔にならないようにスケジュールだけ見てさっさと帰ろう。

オレはガーデンの裏口から入り、真っ直ぐ店長室へ向かう。
いつもスケジュールは店長室の壁に張ってある。
店長室のすぐ横ではフロアの人達がせっせと厨房から料理を受け取っていた。

そのフロアメンバーの一人、新美 めぐみ(にいみ めぐみ)がオレに声を掛けて来た。

「あれ、叶野っち、今日お休みじゃないの?」

「休みだよ。スケジュール見忘れたから見に来ただけ。」

「そうなんだ。せっかく来たんだからジュースでも飲んだら?
今日店長休みだし、内緒にしておくよ〜」

「大丈夫大丈夫。すぐ帰るから。」

新美はオレより一つ年下の女の子で、ガーデンには半年程前に来た。
中学卒業した後は高校へは行かず、バイトを転々としているそうだ。
新美はオレがこの世で喋れる数少ない女の子である。
性格は明るく男ぽい。服も男ぽいものしか着ない。
だから女として見ていないというか・・・かなり気楽に話せる子だ。

しかしこんな子でも彼氏は出来るみたいで、
一ヶ月程前に高野の誘いでガーデンに来たフロアメンバーの一人、山神 雄介(やまがみ ゆうすけ)。
山神はガーデンに来て早々、新美と付き合った。
確か新美から告白したんだっけか?
まぁ興味ないしどうでもいいや・・・
こいつも桜井同様、年上の男が良いんだろう。

あぁ、そういえば新美は桜井と仲が良かったな・・・
桜井から新美へ、新美から山神へ、山神から高野へ、高野からガーデンメンバー全員へと、
オレが桜井に告白し、玉砕した事が漏れなければいいが・・・
もうどうでもいい桜井であったが告白したことは内緒にする、これだけは信じたい。

「せっかく来たのにぃ。」

「新美さん、オムライス出来たよ〜」

「あ、は〜い。
ごめんね、あたし料理運んでくるから〜」

「あいよ。頑張ってな。」

オレは桜井を見送った後、スケジュールを見ることにする。
ふむ、オレは明日の六時からか。
・・・うわ、しかも明日は同じ時間に桜井も入ってるじゃないか・・・

オレは厨房、桜井はフロアであったが、厨房とフロアの接触はほとんどない。
出来上がった料理を出すときくらいだ。
だからといっても気まずい・・・

しかしこればかりはどうしようもない。
今日のことは忘れて、今まで通りにしよう。
落ち込んでいたりしたら情けなく見えるしな。

スケジュールも見たことだしオレは帰ることにする。
いつまでもここにいたんじゃ、仕事中のみんなの邪魔にもなるし、
なにより休みのオレがここにいるのが何かいやらしいし・・・

オレは来た道を戻り、裏口のドアを開ける。
開けた先には桜井が好きな男、合田 秀作(ごうだ しゅうさく)がいた。

「お疲れ様す。」

正直顔も見たくないし挨拶なんか持っての他であったが、それだとただの八つ当たりになってしまう。
そのためオレはとりあえず挨拶をする。

「お疲れ様です。」

オレの方が年下とはいえ、一応ここでは先輩のためか合田は敬語で挨拶を返してきた。
合田は山神とほぼ同時期に、ガーデンに来たフロアメンバーである。
元々、高野と山神、合田の三人は中学が同じで仲が良かったようであり、
そのため高野からガーデンに誘ったようであった。
店長お気に入りの高野の紹介とあったならば、面接もすんなり行ったみたいだ。

「それじゃ。」

オレはさっさとガーデンから出る。
今の時間は九時ちょい前・・・
あいつらは18歳以上、そのため大体この時間から深夜までバイトをしている。
それが読めなかった自分にイライラする。
この時間に行ったら高野、もしくはその友人らに出くわすに決まっているだろう。

「くそっ・・・」

イライラする・・・
フラれたのはもう大分収まった。
だがフラれた直後に、フラれた相手の好きな奴の顔を見てしまったものだから・・・
そのうち桜井も大好きな年上の合田と付き合うことになるのだろうか。
この何ともいえない喪失感のような気持ち・・・胸が苦しい・・・

やっぱり家に帰ったらさっさと寝ることにしよう・・・
もうエロゲーどころの気分じゃない・・・

オレは自転車のペダルを弱々しく漕ぐ。
冷たい空気が目に染みたのか、目から何か冷たい液体の感触がする。

オレは泣いていない。
全然悲しくない。

フラれたのなんか何ともない。
だから全然悲しくない。




嘘だ・・・

やっぱり悲しいよ・・・

涙がぼろぼろ溢れてくる。
だが決して声には出さない。

涙はどうしても我慢できない・・・
でもせめて声だけは・・・
家に着くまでは我慢してやる・・・

家に着いたら一杯泣こう・・・
それで桜井のことは忘れよう・・・
そうすれば明日は普通になるはずだ・・・
学校でもガーデンでもいつものように振舞おう・・・


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