最終話
優しく君は微笑んでいた



オレは綾音の手紙を何度も何度も読み返していた。
今までの綾音の思い出を振り返りながら・・・

『彰と付き合って、これが本当の恋愛なんだと思った。
人をこんなに好きになったのも初めてで、
人にこれだけ気にしてもらったのも初めてで・・・』

オレだって・・・
オレだってこんなに人を好きになったのは初めてなんだよ・・・

女なんて・・・てずっと思っていた。どうせ、こんな男なんて誰も見てくれないから。
だから女に限らず、色んな事から逃げて、投げ出して、向き合おうともしなかったのに・・・
そんなオレなのに・・・そんなオレでも良いって言ってくれたのに・・・

優と付き合っていた頃も、色んな事にプレッシャーを感じて、遠慮がちだった。
でも・・・綾音といた時は、オレはちゃんと素の自分でいられたのかもしれない。

『一年ってあっという間だったけど、ホント毎日がすごく充実してて楽しかったよ。』

綾音だけじゃない。
オレだってオマエといた時間は、喧嘩とか嫌な事もたくさんあったけど・・・
それでも、すごく楽しかった・・・

「っ・・うぁ・・・」

手紙に涙が落ち、字が滲む。
ダメだ・・・
何度読んでも涙が出る・・・
メールなんかと違って、綾音が書いた字だから。
だからこの手紙には、綾音の気持ちが詰まっていて・・・
せっかく綾音が最後に書いてくれた手紙なのに・・・
でも涙が止まらなくて、どんどんグシャグシャになって・・・

オレは・・・
オレは一体どうしたいんだ・・・

『彰はもう私の事を好きじゃないと思うけど、
私は今でも彰の事が大好きです。』

綾音はこんなにオレを好きでいてくれた。
こんなオレでも・・・
じゃあオレの気持ちは?

『彰、今まで本当にありがとう。
そして、今まで本当に辛い思いばかりさせて、ごめんなさい・・・』

オレは・・・
綾音に何も言っていない・・・自分の気持ちを・・・
オレだって・・・綾音に謝らなきゃいけないのに・・・
なのに、綾音だけ頑張って・・・オレは何も伝えていないのに・・・

「ごめん、優・・・
今から・・・会えないかな?」

『え、今から?』

「わがまま言ってごめん・・・」

『・・・わかった。じゃあ家に来る?』

「うん・・・」

自分でもどうしたらいいかわからない。
自分じゃ何も決められない。誰も傷付けたくない。自分も傷付きたくない。
誰かに助けて欲しい・・・

こんなんじゃ駄目だってわかってても、オレは無意識に優に助けを求めていた。
優の優しさに甘えたくて・・・
自分でもわからないこの気持ちを、誰かに決めて欲しかった。
自分で出す答えより、他人から与えられた答えの方が楽だから・・・

「彰、いきなりどうしたの?」

オレは綾音の手紙を優に見せる。
優は手紙を読んで、すぐ何があったか理解したようだった。

「それで・・・彰はどうしたいの?」

「オレは・・・どうしたらいいかわからない・・・
こんな手紙貰ったのも初めてだし・・・」

「だから、私に相談?」

「・・・・・」

優に、綾音の事は忘れて、私と一緒にいて欲しい。
そんなゲームみたいな台詞を望んでいる自分がいる。

「ふざけないでよ・・・」

当たり前だ・・・
オレはバカな事をしている・・・

手紙を貰った。次にオレはどうしたらいい?
この時点で、オレに綾音への未練があるって事じゃないのか?

「こんなの私に聞かれても困る・・・
これは私が決める事じゃない。彰はどうしたいの?」

優に慰めてもらって、綾音の事を忘れて、
ただ優の優しさに甘えていたかった・・・

綾音への未練があって、優へ甘えたい自分。
どうしたいって言われても、わからないんだよ・・・

「オレは・・・」

「・・・ごめん、いじわるしてみただけ。」

「え?」

「こうやって私の所に来たって事は、
もう彰の中で答えは出てるんじゃない?」

「・・・・・」

そう・・・
そうなのかもしれない。

ここで何も伝えなければ、オレは絶対に後悔する。
それが何年経っても、オレは絶対に後悔する。
だから、だったら、もう答えは・・・

「優・・・オレは・・・」

「いいよ、大丈夫。だから行ってあげて。」

「ごめん・・・」

「ううん。ありがと彰。
もう時間も遅くなってきたし、早く行ってあげなよ。
何も難しく考えないで、素直に自分の気持ちを伝えてあげて。」

「本当にありがとう、優・・・」

今の自分なんて、すごく卑怯で汚くて優柔不断で・・・誰かを傷付けてばかりで・・・
自分でもそう思うよ、駄目な男だって。それでも・・・

それでもオレは自分の気持ちに気付いたから・・・
だから、オレは綾音のところへ行く・・・
自分の本当の気持ちを伝えるために。

今更・・・今更かもしれない。手遅れかもしれない。
でも後悔はしたくない。もう・・・二度と綾音を悲しませたくないから・・・
今度はもっと綾音を見て、綾音を想うから・・・

それが一番良い選択肢なのか、悪い選択肢なのか・・・
ゲームで言うところのグッドエンドかどうかなんて、今のオレにはわからない。

どんなエンディングになっても後悔しない。

オレ、頑張るから・・・
こんな最低なオレに出切るかわからないけど、
綾音に自分の気持ちをちゃんと伝えるから・・・





今の時間は12時を越え、日付が変わってしまった。
オレは綾音の家の前に来たはいいが、そこから先に進めず・・・
綾音の携帯にメールなり電話なりして呼び出して会うはずだったんだが、
そこへ踏み込む勇気がオレには・・・

だがオレはもう引き返せない。優を傷付けてまで選んだ選択肢。
ここで引き下がったら、こんなオレでも応援してくれた優に申し訳ないんだよ・・・

今までのオレだったら絶対逃げていただろう。
でも・・・今は違う。だから・・・

「もしもし・・・綾音?」

『彰・・・どうしたの・・・?』

初めて綾音に告白したときのような、あの懐かしさ。
オレの心臓がものすごい勢いで動き出す。
不思議だよな・・・1年ちょっと一緒だったっていうのに、今更こんな気持ちになるなんて・・・
まだこれは電話だぞ?こんな事じゃ、綾音と面と向かって話せるのかよ・・・

オレは大きく息を吸う・・・

「綾音・・・綾音と話したい。今から会えない?」

『今って・・・もう夜遅いじゃん・・・』

「大事な話しだから・・・
今、綾音の家の近くにいる。自分勝手なお願いだけど・・・」

『家の近くって・・・彰、風邪引いてるじゃん。
なんで家で安静にしてないの?』

「どうしても今話したいから・・・」

『・・・わかった。
お母さん達もう寝てるし、たぶん大丈夫・・・すぐ家出るよ。』

「ありがと。待ってるよ。」

今、綾音はオレの事を何て思ってるんだろうか。
今更この男は何の用だって思ってるのかもしれない。
もし、そう思っていても、それはしょうがない事だ・・・こんな男なんだから。
前も、一度オレから離れてから綾音の大切さに気付いて・・・
ホントにバカだよ・・・同じ事をまた繰り返すなんて・・・

「おまたせ・・・」

「わざわざ、ごめん・・・」

「いいけど・・・彰、風邪は?」

「大丈夫だから、ホント。」

「そう・・・」

やっぱり、あんな手紙を渡した後だから、綾音も気まずいんだろう。
オレの顔をあまり見ようとしない・・・
それは、オレも同じだが・・・

「公園・・・で話そうか。
近くにあるじゃん?綾音が子供の頃遊んでた公園・・・」

「うん・・・」

家の前じゃ話しにくい。だから近くで話せる場所といったらあの公園しかない。
綾音がオレを好きだと言ってくれたあの公園・・・
そして、あの時と同じようにオレ達はベンチに座る。

「あの、さ・・・」

「ん?」

一体何を話せばいいのか・・・
オレは自分の気持ちを伝えたい。なのに、本人を目の前にすると・・・
手が震えて、どうしていいかわからなくなる。

『何も難しく考えないで、素直に自分の気持ちを伝えてあげて。』

そう・・・そうだよな。
何も考える事なんて・・・オレは綾音が好きだから。
その気持ちを伝えるんだ。ここまで応援してくれた優のためにも・・・
綾音にちゃんと・・・

「綾音、オレは・・・」

「・・・・・」

「オレなんて、こんな最低で、自分勝手で・・・
どうしようのない男だけど・・・」

「彰・・・?」

本当に弱くて、涙もろくて・・・
手紙を読んだときに涙なんて出し尽くしたと思ってたんだがな・・・
オレの目はまた潤んで・・・声が震えてるけど、それでもちゃんと頑張って声を出して・・・

「こんなオレだけど、綾音が好きなんだよ・・・
だから・・・オレから離れないで欲しい・・・」

「そんなの・・・
だって、あたしこんな女で、彰を傷付けてばかりだし・・・
これ以上、彰の側にいたら傷付けちゃうじゃん・・・」

違う・・・違うんだよ・・・
綾音は、ずっとオレの事を好きって思ってくれた。
なのに、オレの方がオマエを傷付けて・・・
いつまでも子供で、わがままばっかりで、相手に求めるばかりで・・・

「オレは・・・綾音に酷い事をして・・・
綾音に隠し事をして、最低な事して・・・」

「彰・・・」

「うっ、あ・・・
ごめん・・・ほんと、に・・・ごめん・・・」

オレは我慢が出来なくなり、綾音の前で泣き続けた。
すごくカッコ悪い男で、だけど我慢なんて出来なくて・・・

「こんなオレだけど・・・
もう一度、オレと付き合って欲しい・・・」

「あたしだって・・・
あたしだって、こんなんじゃんか・・・」

綾音も、オレと同じで涙を流しながら・・・

「でも・・・こんなあたしでも・・・
また彰と一緒だったら、一緒にいられるんだったら・・・
一緒が良いに決まってる・・・ホントは離れたくなかったんだからぁ・・・」

綾音だって本当は辛いんだ。
あんな手紙書いたからって、完全に吹っ切れた訳じゃない。
まだ、こんなオレを好きでいてくれるんなら・・・

「貰ったチョコ、すごくおいしかったから・・・
ホントにありがと・・・」

「あたしも・・・ありがとぉ・・・」

オレ達は、お互いの身体を抱き締め合い、泣き続けた。
それが嬉しいから、悲しいから、色々な感情が混ざり合いながら・・・

オレは、絶対に綾音を離さない・・・もう二度と・・・





「彰、早く早く!!遅刻するって!!」

「ちょっ待って!!まだオレ着替えてないってば!!」

あれからオレ達は、無事就職先も決まり学校を卒業した。
綾音は夢だった保育の先生、オレはIT関連企業へ・・・
そして・・・

「これじゃもう遅刻じゃんかぁ・・・
綾音、なんでもっと早く起こしてくれないのよ・・・」

「いつもあたしを頼りにしないでよ・・・
文句言うんだったら、たまには自分で起きてよ!」

「だって、オレ朝弱いし・・・」

「いつもアニメで夜更かしばかりしてるからでしょ!!
ほら、早く行かないと!!走れば電車間に合うから!!」

「あ、先行かないでよ!!
深夜にアニメ放送してるし、しょうがないじゃんかよ・・・」

オレ達は、卒業してすぐに同棲を始めた。
綾音の親、特にあの母親は猛反対したが・・・
それでも、最後は認めてくれた。いや・・・あれは認めてくれたって言うのか?
勝手にしろって言ってオレ達は追い出されたし・・・まぁ結果良ければ全て良いよ。
でも・・・いつかはちゃんと挨拶に行かないとな・・・

綾音は、自分の家でずっと息苦しい思いをしてきた。
オレは、そんな綾音をずっと守りたいと思ってきた。
だから、今まで辛い思いをしてきた綾音を、幸せにしたかった。
それがオレに可能かどうかはまだわからない。
あれだけ自分勝手な事をしてきたオレだから・・・

それでも、綾音はオレの罪を許してくれた。
そして、こんなオレに着いて来てくれたんだ・・・
そんな綾音をもう二度と綾音を悲しませない、悲しませたくない。
もう綾音と離れるのは嫌だから・・・ずっと一緒にいたいから・・・

だからオレは・・・

「もー・・・彰遅い。」

「ごめんごめん・・・」

「ほら、手。急ご?」

「ん。」

オレは綾音の手を握る。
綾音がどこにも行かないように、その小さな手を力強く・・・

「久しぶりに、夕飯は外で食べよっか。」

「えー・・・
彰、食べに行くっていったら、いっつもお寿司ばっかじゃん・・・」

「だって寿司好きだし・・・
じゃあ、今日は綾音の好きなものでいいよ。」

「わかった、店考えとくよー。もちろん寿司以外ね。
ちゃんと仕事終わったら連絡してよ?彰、いっつも忘れるんだもん・・・」

「分かってるよ。今度は忘れないようにする。」

「絶対ね?」

「ん、絶対。」

オレ達はここにいる。
お互いを支え合い、幸せになるために。
もうオレ達はどんなときでも一人じゃないから。
やっと繋いだこの手は離さない。絶対に・・・

「彰、何ニヤニヤしてんの?」

「いや、別に。そんなことないよ。」

「ニヤニヤしてたじゃん。気持ち悪っ・・・」

「うわ、酷い事言うなよ・・・
確かにカッコよくないけどさ・・・」

「ごめんごめん、そんないじけないでよ。
カッコよくなくても好きだからさ。」

「はいはい。」

「嘘じゃないってば!!あ、待ってよー。」

綾音のおかげで、今のオレはすごく幸せだ。
この幸せがずっと続くように・・・
これからも、オレ達は二人で歩き続ける。ずっと・・・



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