第四十八話
全て夢のようで



綾音が帰ってから、オレは布団に入る。
もう綾音とは終わったから。疲れたから。だから早く休みたかった。
なのに・・・

「・・・・・」

眠れない・・・
眠れない理由は分かっている。

夕方まで寝ていたってのもあるが、
一番の理由は、綾音の事が気になっているからだ。
やっぱりまだ好きだっていう気持ちは残っているから・・・
ちゃんと家に帰れたかとか、心配したり・・・

ダメだな、オレ・・・
本当にダメダメだ・・・

そうだ。綾音とは終わったんだし、番号もメールも全部消そう。
オレは優と一緒になるんだから・・・いつまでも綾音を残しておく訳にはいかない。
誕生日に貰ったライターも捨てよう。そうしよう。

枕元の携帯を開く。
あー・・・眠れないって言っても、微妙に意識は飛んでいたんだろう。
だからメールが来ていたのも気付かなかった。

てっきり、優が心配してメールをくれたのかと思った。
だから、メールの送り主、そして内容を見たとき、オレの体が凍りついた・・・

『今から死ぬから』

綾音からの、それだけのメール。

「っ・・ざけるなよ。」

ふざけている。
何だ、このメンヘラは・・・
何で別れたら死ぬんだよ。頭おかしいのか?おかしいだろ、常識的に考えて。
こうなったのも誰が原因だよ・・・綾音だろ、悪いのはさ。

しかも何でわざわざ死ぬって宣言メールをオレに送るんだ。
本当に死んだとき、オレが事情聴取されそうじゃないか。
死ぬなら勝手に死んでくれよ・・・

「くそっ・・・」

そんな訳にはいかないだろ。
ほっとける訳ないじゃないか・・・

こういうのは、相手にしてもらいたいから言っているだけだ。
本当に死ぬ訳が無い。が、万が一という事もある。
万が一が起きてからじゃ遅い・・・

別れるって言っておいて・・・
何やってんだよ、オレ・・・

本当に女って生き物はズルイ・・・

オレは綾音に電話をする。
綾音のメールから、まだ時間はそんなに経っていない。

電話を掛け、数秒で綾音は出た。

「綾音?」

『・・・・・』

「今どこにいる・・・すぐ行くから・・・」

『家の近くの駐車場・・・』

「わかった。待ってろよ・・・」

オレはズボンを履き替え、コートを羽織る。深夜は寒いしな・・・
親が起きないように静かにゆっくりと玄関の扉を開く。

綾音の家に向かって、急いで自転車をこぐ。
本当に、何やってるんだろう、オレ・・・

冷たい風が当たって寒い。
それでもオレは急ぐ。綾音の所へ・・・





「綾音・・・」

暗くてよく見えなかったが、座っている少女・・・
それが綾音だとすぐ分かった。

「・・・・・」

「・・・こんな所にいたら風邪引くだろ。早く家の中入るぞ。」

「嫌。入らない。」

「・・・なんでさ。」

「もういいもん。」

「何が・・・」

「あたしなんて、必要じゃないし・・・
だから、もういいじゃん。ほかっておいてよ。」

「何言ってんだよ・・・」

あれ・・・
暗くてよく見えないが、綾音何か持ってる?

おい・・・マジかよ・・・

「オマエ・・・何だよ、それ・・・」

何でそんな物持ってるんだよ・・・
そんなの外に持ち歩いて良い物じゃないだろ。

「包丁だよ。見てわからない?」

「そういう事じゃない。
何でそんな物持ってるかって事だよ・・・」

「誰からも必要とされてないなら・・・
もうあたしなんて意味ないじゃん。」

「だから・・・それで包丁かよ・・・」

「もう放っておいてよ。」

放っておいて欲しいなら、何でオレにわざわざメールをしたんだよ・・・
そんなの、構って欲しいって言ってるようなもんじゃないか。

「やめろよ、そういうの・・・」

オレは綾音の手から包丁を取り上げる。
そりゃ、こんな綾音から包丁を取り上げるのは勇気がいるが、
なんとかオレは取り上げた。
幸い、綾音も素直に包丁を手放す。

「じゃああたしはどうすれば良いのさ・・・」

「どうしたらって・・・何がさ。」

「家の中でも冷たく扱われて、ガーデンでもミスばかりで・・・
誰も支えてくれない、優しくしてくれない・・・」

だから死ぬとかおかしいだろ・・・
やっぱり、こいつは何かおかしいんだ。
ダメだ。オレはこいつとは無理だ。もう無理。絶対無理。
こんな子はオレの手に負えない。

「彰だけだと思ってたのに・・・」

「オレに・・・どうしろって言うんだよ・・・」

「離れたくない。」

「・・・・・」

「でも無理でしょ?だからそれ、返してよ。」

「それは・・・でも、これは返せない。」

「っ!!じゃあ、あたしはどうすればいいっていうの!?」

そんなの、オレが逆に聞きたい。
オレがどうすればいいっていうんだよ。
どうしたら、オマエが暴走せずに別れられるんだよ・・・

「じゃあ・・・」

ダメだオレ!!一体何を言おうとしてるんだよ!!

「別れるっていうの・・・」

それを言ったら、綾音とは終われないんだぞ?
オマエは綾音じゃなく、優が好きなんだろ?
なのに、そんな事言うのは・・・

「しばらく考えさせて・・・それで良い?」

「うん・・・」

オレの曖昧な言葉でも、とりあえず綾音は納得してくれたようだ。
だが・・・所詮これは一時的なものでしかない。
いつかは・・・別れなきゃいけないんだ。
別れるには、どうしたらいいんだよオレ・・・

「じゃあ・・・家に入りな。風邪引くから・・・」

「わかった・・・」

オレは綾音に包丁を返し、家に帰らせる。
駐車場から綾音の家までの距離はそう遠くない。
が、お互い何も喋らないせいで、距離が遠く感じる。何キロも歩いているような・・・

「じゃあ・・・」

「うん・・・また彰にメールとかしていい?」

「ああ・・・」

ここでダメだって言うと、また何があるかわからない。
自分でも正直どう答えればいいのか、どうすればいいのか、どうすれば別れられるのか・・・
本当に分からない・・・
こんなの、オレがダメになりそうだよ・・・

綾音は家に入って行く。
このまま、オレは何も出来ず、現状を維持する事しか出来ないのか・・・

「くそっ・・・」

また優に頼りたい自分がいる。
でも今はこんな時間だし、さすがに優も寝ているだろう。
また優に会いたい・・・癒されたい・・・
泣きそうだ、オレ・・・





「そっか・・・そんな事が・・・」

「ごめん、優・・・」

今年最後の日、オレは優の家に来ていた。
オレだけじゃどうしようもないこの状況・・・
優に相談して何か良い方法があるか・・・いや、ただ癒されるだけでも・・・
オレはそれを求めて・・・

「オレは・・・アイツとはもうダメだっていうのに・・・
どうしたらいいか全然わからない・・・」

「・・・・・」

「あれからも、今までと変わらずアイツはメールを送って来るんだよ。
何食べたかとか、今度いつ遊ぶかとか・・・何事も無かったかのように・・・」

「うん・・・」

「このままじゃ、まだ当分別れられないかもしれない・・・」

「わかってる・・・」

「本当に、ごめん・・・」

「いいよ。あの子を刺激して、彰が傷付くのは嫌だし・・・」

「・・・・・」

そうだ。よく考えてみろ、オレ。

オレやアイツだけに被害が及ぶならまだしも、優にも被害が及ぶ可能性だってある。
まだ綾音とこの関係が続いている間は、優と会わない方が良いのかもしれない。

「優・・・綾音とちゃんと終れるまでは・・・
オレ達、会わないほうが良いかもしれない・・・」

「・・・・・」

「優にまで被害が及んだりしたら・・・」

「わかった・・・」

「ごめん・・・」

「彰、謝ってばかり・・・
でも、彰が本当に辛くなったら・・・」

「・・・・・」

「そのときは頼って欲しい。私に出来る事があるなら・・・」

「ありがとう・・・」

こんなに誰かに迷惑を掛けて・・・
なんで別れるだけなのに、こんなに辛い思いをしなきゃいけないんだ・・・

オレが綾音にフラれるときなんて、あんなにアッサリだったのに・・・
なんで自殺するとか、そういう話になるんだよ・・・

オレは、このままずっと綾音につきまとわれ続けるんだろうか・・・
オレは優と一緒になりたいのに・・・
綾音だって、オレなんかより年上と付き合えば良いんだよ。
オレなんかより、ずっと良いじゃないか。
オレなんかに、拘らないで欲しい・・・

あれだけ好きだったのに、本当に不思議だな。
もう今じゃ、何とも思っていないなんて・・・

別れたい、鬱陶しい、怖い・・・
色んな思い・・・

綾音と楽しかった思い出なんて・・・
あの頃の出来事が全て夢のようだ・・・

たくさんどこかに出掛けて、メールして、電話して・・・
エッチもたくさんして・・・
あれは全部何だったんだろうな・・・

オレは一体何やってたんだ、本当に・・・

こんな事になるんだったら、初めから付き合わなきゃ良かった。
そうすれば、こんなに辛い思いをしなくて済んだのに。

あのときだって、優と別れたりしなければ、
オレはずっと幸せでいられたのに・・・

くそ・・・
もう何が何だかわからない・・・


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