第四十三話
罪と罰の気持ち



12月24日、25日という恋人にとっての一大イベントを終え、今年は残すところあと僅かだ。
色々あって、前回の大晦日と正月は二人で過ごす事が出来なかった。
そしてそのまま別れてしまったという・・・

だが、今回こそは二人で過ごす。
初詣だって二人で行く。行ってみせる。
カップルで初詣だなんて、ギャルゲーのようなシチュエーションで、オレにとっては初めてのイベントだ。
というか、綾音と経験した事は初めてばかりなんだが・・・
でも綾音にとっては初めてでは無い訳で・・・

いかんいかん。もうそういうの考えるのは止めようぜオレ・・・
せっかく今日は、この年末年始を楽しむために大量に仕入れた事だしさ。

今オレは、ちょっと遠くのゲームショップへ行ってその帰りだ。
自転車で片道40分掛かるから、ちょっとじゃないな。かなり遠くか・・・
オレが住んでいる所は、都会でも田舎でもない中途半端な場所だ。
だが、少し距離を離れると田んぼばかりの田舎のような場所があり、
そんな場所にポツンと一軒のゲームショップがある。

その店は中古ゲームの品揃えが豊富で、しかも一般ゲームだけでなくエロゲーも豊富な穴場的な店だ。
なんと店の半分をエロゲーが占めているくらいだからな。
過去の名作をやりたくなったときは、いつもそこで買っている。

しかし・・・
どのゲームを買おうか品定めをしていたらもうこんな時間か・・・
携帯で時間を見ると、もう21時を過ぎるか過ぎないかの時間だ。
ゲームは5本も買った訳だが、いくらなんでも選ぶのに時間掛かり過ぎたな・・・

「さぶっ・・・」

さすがにこの寒さで長時間自転車はキツイ・・・
時間が時間な事もあり、いつもより早めに自転車を漕ぐ。
だが早く漕げば漕ぐほど、冷たい風は身体に当たり、更に寒くなる。
また風邪引くなんてシャレにならん・・・家着いたらすぐ暖かくしないとな・・・

そういえば、今日綾音は21時上がりだって言ってたな・・・
店から家へ帰る途中にガーデンがある。
ガーデンはもうすぐそこだし、丁度良いな。綾音を家まで送ってやるか。

オレは自転車を止め、綾音にメールを送る事にする。
『今オレ、ガーデンの近くだけど一緒に帰らない?』
送信、っと。
寂しがり屋の綾音の事だ。オレと一緒に帰れるとなると、喜んでくれるかもしれない。
自意識過剰かもしれないが、オレはそれだけ綾音に愛されている自信がある。

メールが来るまで、オレはコンビニの前でタバコを吸って時間を潰す。
が、いつまで経っても綾音からの返事が無い。
何故に?

「・・・・・」

まさか残業?
でも綾音の母親が、残業を許すとは思えない。
なんたって、店長に苦情が行くくらいだしな・・・
イブのときの、誰かの代わりに出勤したのだって母親には内緒みたいだし。
だから残業なんてある訳が無いと思うんだが・・・

だが、それから時間は経ち、時間は21時半・・・
何だ?何かあったのか・・・?
オレは心配になり、ガーデンへ向かう。

「と言っても・・・」

ガーデンに着いたからといって、オレに何が出来るって訳でもない。
外から店内を覗いても綾音はいなかった。
休憩室に行けば綾音がまだ残っているか分かるが、もうオレはガーデンとは無関係の人間だ。
そんな事出来る訳がない。

電話もしてみるが出ない。
やっぱ残業なのかもな・・・

「帰るか・・・」

電話もメールも駄目ならしょうがないもんな。
オレが抜けてからキッチンは大変みたいで、よくフロアの人間が洗い場を手伝う事もあるらしい。
もしかしたらキッチンにいるかもだしな。
袴田がもうちょっと頑張ればなぁ・・・そんな事にはならんと思うんだけどね。

ガーデンから離れ、家に向かう。
向かう途中、綾音の家の前を通ってみる。
もしかしたもう家にいるのかと思って・・・

「あ、叶野君。」

だが予想と違い、何故か家の前にいたのは綾音の母親だった。
しかも声を掛けられるし・・・
正直、綾音の母親は嫌いだし話したくもないが、声を掛けられた以上無視するわけにはいかない。

「こんばんわ。」

「こんばんわ。うちの綾音知らない?」

「え?知らないですけど・・・バイトじゃないんですか?」

「ガーデンに電話したら、もう帰ったらしいんだけど・・・
あのバカ、電話にも出ないし。」

「僕も一緒に帰ろうと思って電話したんですが・・・
電話出なかったですね・・・」

「そうなの?
ごめんね、正直に言うと叶野君疑ってたわ・・・」

「いえ、疑われるような事をした人間ですから・・・」

確かに、夜抜け出して遊ぶようなオレ達だし、疑われるのは分かるけどさ・・・
いちいち、そんな事言うなよコイツ・・・

「もし、綾音から連絡あったら早く家に帰って来るよう伝えてね?」

「あ、はい。わかりました。」

さっさとその場から離れる。
やっぱ顔といい、態度といい、オレはダメだな。
全てにおいてイライラするよ、あのオバサンは。
言葉も棘があるし、向こうもオレの事を嫌ってるんだろうけど。

しかし・・・ガーデンにもいない、家にも帰って来てないとすると・・・

「っ・・・」

背中がゾッとした。
寒いだけじゃない。嫌な予感がするからだ・・・

帰る途中、変な奴に襲われてないか、
事故に遭ってないか・・・そんな嫌な予想が頭を支配する・・・

どうしたらいい?いや、まず落ち着け・・・
クールになれ彰・・・!!
オレはまずどうしたらいい!?

ガーデンに行くか?とりあえずガーデンで話を聞けば何か分かるかもしれない。
休憩室だろうが何だろうが、行ってやるさ。
緊急事態だ。綾音のためだったら、今のオレだったら・・・何でも出来る!!

さっそくオレはガーデンに再び向かう。
しかし、店の前に着いたはいいが、やっぱり休憩室に入るのは・・・
さっきまでの威勢は何だったのでしょうか・・・ホントにヘタレだなオレ・・・

ガーデンの前でうろうろしてると、一人の店員が外の掃除をしているのに気付く。
山神だ。こいつも昔から嫌いだが、丁度良い。綾音の事を聞こう。

「あの・・・」

「あ、叶野さん・・・?すごい久しぶり、ですね。」

「そうですね・・・あの、綾音見ませんでした?」

「桜井さん?仕事終わったらすぐ帰ったと思うけど・・・」

「そうですか・・・わかりました。ありがとうございます。」

お礼を言い、ガーデンを後にする。

「綾音・・・」

オマエは今一体どこにいるんだ・・・
オレは・・・オマエに何かあったと思うだけで・・・

ダメだ・・・
探そう。とにかく探すしかない。
綾音の、ガーデンから家に帰るまでの道なんて短い。
だから探せばすぐ見つかるかもしれない。

自転車で綾音の帰り道を走る。
暗くてよく見えない所もしっかり見ながら・・・

「くそっ・・・」

マジでいねぇぞ・・・
ホントにどうしたんだ・・・

どんどん悪い考えしか浮かばなくなる・・・
このままじゃ、オレもダメになりそうだ・・・

もう一回ガーデンに戻って、ガーデンの周りを探してみよう。

ちょっと違う道でガーデンに戻る途中・・・
ガーデン横の敷地、月極駐車場に座る二人の男女・・・

暗くてよく見えないが、どうせ身体触り合ったりしてんだろ?
よくこういうカップルいるよね。寒いのによくやるよ。
そんなんだったらラブホ行けっつうの。

その場は特に気にならずに通り過ぎる。
だが5メートルくらい過ぎてから、何故か気になった・・・
もしかしたら・・・そんな些細な気持ち・・・

引き返すのも何か嫌なので、回り道をしてもう一度通ってみることにする。
そして今度はしっかりと確かめてみる。オレの予想が当たらないで欲しい・・・
そう願いながら・・・

「綾音・・・」

綾音を信じてはいたものの、やはりそういう気がしていたんだ。
だから、何も予想をしていないよりは、驚きは少なかった。
だが驚きやショックよりもまず来た感情は・・・

「オマエ!!何やってんだよ!!」

怒り・・・
怒りが爆発して・・・綾音と一緒にいた男の胸倉を掴む。

掴まれた男、よく見てみればコイツは西村・・・
綾音にメールしたり、カラオケ行こうとか誘ってたり、何かと綾音にちょっかいを出していた男だ。
一体何が起こったか理解していない顔だな・・・何ならテメェのその顔面殴って理解さしてやろうか?
オマエが一体誰の彼女を口説いていたのかさぁ!!

オレは右拳に力を込める。
今まで人を殴った事があるか?
ある。だが、それは中学生のときの喧嘩だ。
自分は身体もデカイ分、力もそれなりだし、パンチにも体重が乗る。
自分が喧嘩が強い弱いと考えた事は無いが、コイツの顔面潰すくらいは・・・出来る!!

「彰止めて!!その人は悪くないよ!!」

オレが手を出す瞬間、綾音が止めに入る。
何で?何で止めるの?こいつがいけないんだろ?
こいつがオレの彼女にちょっかいを出すから・・・

「あたしが悪いから・・・だからその人に乱暴しないで!!」

オレはオマエが心配だから・・・こんな男と喋ったりしてほしくないから・・・
え?ていうか・・・あたしが悪いからって言った?

は?誰が?誰が悪いって?

綾音?綾音が悪いの?

てことは、コイツからじゃなくて、綾音から誘ったって?
え、何?そういう事?そういう事なんすか?
オレがいるってのに、オレのメールや電話を無視して・・・
オレよりそいつが良いのかよ・・・
オレなんかより、やっぱりオマエは年上が良いってのかよ!!

「ふ・・・っざけるなよ!!」

怒りが更に込み上げ、その矛先は西村から綾音に向かう。
西村を掴んでいた手を離し、今度は綾音の胸倉へ・・・

そして・・・
パンっ、と乾いた音・・・

オレは綾音の顔を・・・思い切り叩いた・・・
それは初めての女の子への、綾音への暴力・・・
オレの手はじんじん痛んで・・・綾音の頬も赤くなっている。
頬を叩いて数秒経つが誰も喋らない。側を走る車の音も聞こえない。
あの乾いた音から、時間が止まったように・・・

だがオレがその止まった時間を動かす。

「オレは・・・連絡が何も無いから心配してたのに・・・
何やってんだよオマエはさ!!」

オレは思い切り自分の自転車を蹴っ飛ばす。

「ご、ごめ・・・」

「ふざけんな・・・オレは一体何だよ・・・
心配したオレがバカでさ・・・何なんだよオマエは!!」

「ごめんなさい、ごめんない・・・」

謝って、泣けば済むとでも思ってるのかよ・・・
女はいつだってそうだ。
そうすれば、悪いのは全部相手、そして自分は可哀相な被害者になれるからな。
あぁ、そうだ。女はそういう生き物だ。
汚くて、貪欲で、自分勝手で・・・それでも綾音は違うと思ってた。信じてた。
でも所詮こいつも、そこら辺のビッチと同類、同じ生き物。
もういいよ、どうでも・・・

オレは長い間夢を見ていたんだ。綾音との・・・
でもこれが現実、これが現実の女だ・・・
いや、こんなのは女と認めない。こんなの薄汚い生き物だ。
あぁ、やっぱオレは二次元か。そうか、そうだよな。
やっぱオレには二次元がお似合いって事か。
そうだよ、オレを絶対に裏切らない存在。それが二次元だもんな。
そうそう、思い出した。オレは夢から覚めたよ。オレはそういう人間なんだ。
オレみたいなモテないヲタクな男が夢を見るもんじゃないって事だよね。
そうだね、そうだよね。やっぱりそうだよね。

じゃあ、また戻るだけだよ・・・
あの頃の自分にさ・・・

「綾音!!」

「!?・・・綾音の、お母さん?」

「ガーデン付近にいるかと思って来てみたら・・・
こんな時間まで何してるの!?」

綾音の母親の問いに、誰も答えない・・・
沈黙・・・こんな状況、一体誰が説明出来る・・・?

「まぁいいわ・・・綾音、家に帰るわよ。」

「うん・・・」

「あなたも、もう戻りなさい。」

それは西村に対しての言葉・・・
言われた西村は、素直にガーデンへと戻って行く。

まだ綾音に聞きたい事は山ほどあった。
だが母親が来た以上、もうオレには何も出来ない。

「叶野君・・・あなたも綾音に色々話したい事はあるのよね?
でも今の状態じゃ、お互いまともに話なんて出来ないと思う。
ここは私にまかせて、お互い少し頭を冷やすのはどうかしら?」

「・・・・・」

この人は・・・オレ達のやり取りを一部始終見ていたのだろう。
そして、あのまま放っておけばオレは西村に、そして綾音に更に暴力を振るっていたのかもしれない。
そうなる前に止めてくれたのだ、この人は。
確かにあの場で止められるのは第三者、しかもオレと綾音に関係のある人物であるこの人しかいないだろう。
気に入らないと言えば気に入らないが・・・感謝するべきだろうな。

「わかりました・・・それじゃ、今日は僕は帰ります・・・」

「はい、ごめんね。家の綾音が・・・」

「いえ、僕の方こそ・・・
あの・・・頭に血が上って、綾音さんを・・・」

「気にしないで。綾音が悪いんだから。」

その言葉があるだけで、少しだけオレは救われた気がした・・・

「彰だって・・・」

帰る直前に・・・綾音が小さな声でつぶやいた・・・

この気持ちのまま帰れれば、これ以上罪悪感を感じ無かったのに・・・
なのに、オレは綾音のその言葉が聞こえてしまった・・・

彰だって、他の女の子と仲良くしてたじゃん・・・

心のどこかで感じていた自分の矛盾・・・
綾音に対して怒りを感じつつも、考えないようにしていた自分の矛盾の理由・・・

綾音の言う女の子とは、新美を指しているんだろう。恐らく・・・
オレが優と会っている事なんて知らないはずだからな。
新美との話だなんて、随分前だ。だが綾音にとってはまだ引きずっているんだろうか・・・

綾音にとっては、新美とオレの事は昔の話だ。でもまだ引きずっていて・・・
そしてオレは、優との交流が今も続いていて・・・
綾音が優の事を知らないとわかりつつも、隠していた事が見付かったような気分で・・・

今更、凄まじい罪悪感がオレを襲う。
綾音に手を出した事、オレが優と交流を続けている事・・・
それらの罪の気持ちが・・・


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