第三十六話
まわりの変化



「今日も彰は22時まで?」

「そうだけど、綾音はもうあがり?」

「うん、もう20時だしね。
また家着いたらメールしてね〜。」

「わかった。」

綾音とお互いの罪で揉めてから1ヶ月・・・
もうオレ達はお互い何事も無かったかのように接している。

お互いがお互いの罪を認め、反省し、改善する。
それが恋愛を長く続かせると思いながら・・・

だがオレは前の彼女である優と会っていた。
彼氏として最低の行為だが、オレは綾音に言えないでいる。
これ以上喧嘩するのは耐えられないし、とても言えることじゃない。
罪悪感はすごく感じている。だが言えない。
だったら、もう優と会わない。それが今のオレに出来る精一杯の誠意か・・・

オレがこんなんってことは、もしかしたら綾音も似たようなことをしているかもしれない。
前の彼氏の番号が残っていたくらいだから、遊んだりとか・・・

綾音を信じるしかない・・・
番号が残っていただけで、連絡や遊んだりはしていない、そう信じるしか・・・

「じゃ、あたし帰るね。ばいばい。」

「ばいばい〜」

綾音がガーデンから出るとき、新美と綾音がすれ違う。
二人は仲が良くて、いつもフロアや休憩室で喋っていたり、一緒にカラオケまで行ったりしていた。
なのに、綾音がオレの携帯から新美にメールを送ってからは・・・

「・・・・・」

「・・・・・」

お互い何も喋らず、ただすれ違うだけ・・・
お互い、相手の存在に気付かなかったかのように、まったく目すら合わせず・・・
もしかしたら、新美は綾音がメールを送ったと気付いているのかもしれない。
オレがいきなり突拍子も無く、あんなメールを送るなんて有り得ないしな。

こうなってしまったのはオレの責任でもあるんだろう・・・
ちょっと自分がモテたような錯覚、自惚れ・・・
全部オレのせいじゃないのは分かっている。
新美も悪い。
だが・・・せっかく仲が良かったのに、
こんな簡単に、あっけなく二人の友情が壊れるなんて・・・

「叶野っち。」

綾音がいなくなったのを見計らって、新美はオレに声を掛ける。

「あ、なに?」

新美もオレも、どこかよそよそしい態度・・・
あれだけのことがあったんだから当然といっちゃ当然だが、
このタイミングでオレに声を掛けるって一体・・・
もう二度と新美と話すことは無いと思っていたが。

「叶野っち、今日22時までだよね。
終わったら時間少しある?」

「あるけど・・・」

まさか、また送って行けというんじゃ・・・
もう無理だぞ。また綾音と喧嘩なんてしたくないし。

「あ、また家まで送って欲しいって訳じゃないよ。」

「あ、そうなんだ。」

「ごめんね。終わったら少し話したい。」

「いいけど。」

「ありがと。それじゃ、また後で・・・」

もしかしたら綾音のことか?
丁度良い。オレも新美に謝りたい。
綾音には悪いけど、やっぱり謝っておきたいんだ。

・・・・・

オレがあんなメールを送った訳じゃないって誤解を解きたいんだろ?
オレがそんな悪いことをする訳が無い、あれは綾音がやったことだ。
オレはそうやって、自分を良く見られたいだけなのか?

人は誰だってそうだろ・・・
自分を悪く思われたく無いだなんて・・・自分と仲が良かった人間なら尚更だ。
でも良いじゃないか。実際オレがメールを送った訳じゃ無いんだし・・・
オレは事実を言うだけだ。嘘を言う訳じゃない。
誤解されたまんまなんて嫌だし。

綾音に対して罪悪感を感じながら、オレは自分自身に言い訳をし続ける・・・
そしてそんな状態で22時になり、オレ達はガーデンから少し離れた駐車場で会う。
ガーデンの自転車置き場だと綾音に見つかる可能性があるからだ。
一緒に帰る訳ではない。ただオレは謝りたいだけだ。
だが綾音に見つかる訳にはいかないから・・・
ホントに謝るだけだから・・・だからごめん綾音・・・

「ごめんね、叶野っち。
あんなメールがあったのに、話したいなんて言っちゃって。」

「いや、大丈夫。」

「やっぱさ、あのメールって叶野っちじゃないよね?」

「・・・関わらないで、ってメールか?」

「うん。なんとなく、綾かなと思ったんだけど。」

「綾音だよ。やっぱ分かったんだ・・・」

「うん・・・バレたんだね、綾に・・・」

「ごめん・・・」

「叶野っちが謝ることじゃないよ。
あたしが悪いんだし・・・」

「そんなこと・・・」

「ううん。ほんとごめん・・・
あたしのせいで喧嘩したんでしょ?」

「喧嘩、したね・・・」

「ごめん・・・」

「いや、オマエだけが悪い訳じゃない。
オレも悪いんだし・・・」

「うん・・・ありがと。」

「話したい事って、それ?」

「ううん、違う。」

「ん?何かまだあるの?」

「うん・・・あのね。」

何か言い辛そうに、新美の視線が泳ぐ。
一体何だ?また綾音関係か?

「あたし、ガーデン辞めることになった。」

「え?」

「あ、勘違いしないで欲しいんだけど、
綾や、叶野っちのせいとかじゃないからね?」

「・・・・・」

「ほら、あたしもいつまでもフリーターはどうかなって思ってさ・・・
真剣に、ちゃんとした仕事探そうと思ったから・・・」

「そう、なんだ・・・」

「ほら!叶野っちのせいじゃないって言ったじゃん?
だからそんな顔しないでよ〜。」

新美は笑いながら言う。
が、辞める原因は明らかにオレと綾音だろ。
ちゃんとした仕事を探すっていうのは本当かもしれないが、
タイミングがタイミングだし。
あんなことがあって、今まで仲が良かったはずの綾音とギクシャクしてしまった。
もうガーデンにいるのが気まずくて我慢出来ないんだ。
オレも綾音にフラれて、同じような思いをした。
分かるよ、新美の気持ちは。

「言いたいことはそれだけ。
ごめんね、あんな事あったのに呼び出して・・・」

「いや・・・」

「たぶん今月一杯、あと少しだけはガーデンにいるから。
明日からは叶野っちと話さないようにするよ。綾のためにも・・・」

「・・・・・」

「今までホントに優しくしてくれて・・・
叶野っち、ありがとね!!」

「・・・・・」

「じゃあね、叶野っち。
あたし帰るから。バイバイ〜」

行ってしまった・・・
最後まで笑顔を絶やさず・・・
ホントは辛いくせに・・・

正直、かなり寂しくなる。
もう前みたいに仲良くなることは無い。
だが、それでも一時は色々愚痴を言い合った仲だ。
寂しいに決まってるじゃないか。

新美がガーデンを辞めてしまったら、
もう二度と話すことは無くなるだろう。

お互い彼氏彼女がいるのだから、それで良いのかもしれない・・・
そうだ。これで良いんだ・・・

オレは綾音が好きだから、他の女とは仲良くしたらいけないんだ。
だったら、仲が良かった新美がガーデンを辞めるのはむしろ好都合・・・
これでオレと新美の関係が終了するんだから・・・





新美から辞めるという話を聞いてから数週間経ち、六月になった。
徐々に暑くなり、それは夏の訪れを感じさせる。

季節が変わり始めると、まわりの環境も変わり始める。
オレのまわりの人間達も・・・

まず新美が辞めてしまった・・・
新美の最後の勤務時間が昼から夕方だったため、オレは新美の最後の姿を見る事が出来なかった。
結局あれから一度も話す事無く辞めてしまったんだな・・・
綾音に新美の番号を消されたため、連絡も出来ない。
もう本当に新美との関係は完全に終わってしまった・・・

もしかしたら、オレは綾音が好きだという気持ちがありつつも、
どこかに新美が好きな気持ちがあったのかもしれない。
でなければ、こんなにも虚しさを感じる事なんて・・・

いや・・・もう新美はいいだろ。
もう、いいんだ・・・
オレには彼女がいるんだから・・・

もう忘れよう。新美のことは・・・


次は専門学校の同級生、大畑と清水だ。
どういった経緯かは詳しく知らないが、二人はいつのまにか付き合っていた。

最初、大畑に聞いたときは何の冗談かと思ったが、
学校で仲良く話す姿や、学校が終わった後に一緒に駅まで向かう姿を何度か見る。
前から大畑は清水の事が好きだと言っていたが、まさか本当に実ってしまうなんて・・・
しかも大畑のような地味なヲタクが、清水のような綺麗な子と・・・
いや、それを言ったらオレも似たようなもんだが。

「アキさん、おはよー。」

「おはよう、大畑。
彼女の清水は一緒じゃないの?」

「あ、うん。途中までは一緒だったんだけど、
朝ご飯買いにコンビニ行っちゃったよ。」

「ふーん。仲が良いねぇ。」

「いやいや、まだ付き合って間も無いしね。
アキさんの方がラブラブじゃん。あんな可愛い子と。」

「そうかなぁ・・・」

確かに、もう綾音とは前と同じような良い関係に戻ったが、
端から見たらラブラブに見える・・・んだろう、たぶん。

「ああ見えて瑞希って、結構恥ずかしがりなんすよ。
いつもはツンとしてるくせに。」

「ツンデレってやつ?」

「もうまさにそれ!ホントそれが可愛くて・・・」

「ノロケかよぉ。」

「そしてこの前ついに!!
瑞希とラブホに行って、してきましたよ!!」

「はぁ、そうすか。」

オマエの彼女もオレと同じ学校だろ・・・
なのに、オレにそんなことベラベラと話しても良いのか?
そりゃ、オレは誰にも言うつもりは無いけどさ。
それでも自分の彼女がどうのって他人に話すのはなぁ・・・

「それでビックリしたんだけど、あの子処女でさ。
まさかこの年で処女だなんて思わなくて、すごく嬉しかったよ。」

「っ・・・」

処、女・・・?
清水が?
あんなに綺麗な子なのに処女?

なんで?

あんな綺麗な子なら、恋愛なんていくらでもしてそうなものだ。
なのに処女?

「オレが初めての男みたいで・・・
オレも初めての彼女で、お互い初めてだったからなんかすごくドキドキして・・・」

専門学生一年なら18、19歳・・・
清水の年齢がいくつかは知らないが、その年で初めて・・・

だがオレの彼女、桜井綾音は中学二年生、13歳か14歳のときに非処女となった。
綾音はまだ幼いときに年上の男に処女を捧ぎ、清水はこの年まで処女をずっと大切に守っていた。
年齢が同じ二人のこの差は一体何だ?

清水は処女なのに、何で綾音は処女じゃない?
大畑の彼女は処女なのに、何でオレの彼女は処女じゃない?
大畑は清水の処女を貰えたのに、何でオレは綾音の処女が貰えない?

何でオレの彼女は処女じゃないんだ?

オレの目の前にいる男の彼女、清水瑞希は処女だった。
しかも結構綺麗な女の子なのにだ。
綺麗な女の子の処女なんて珍しい、国宝級だ。
幼いが故に、エッチという行為に興味も持ち、小中高で簡単に非処女となる女もいるだろう。
だが、清水は違った。
今の今まで処女を大切に守ってきたのだ。

女としてこの違いは一体何なんだ!?

もう綾音の過去には拘らない、非処女という事ももう割り切れたはずだったのに・・・

この年でも処女がいるという現実を目の当たりにして、
オレは綾音が処女じゃないという事に、疑問、不満を感じ始める・・・


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