第三十五話
お互いの罪



「綾音だって・・・」

「なに?」

「携帯見してよ。オレだけ見られるのは納得出来ない。」

「あたしを疑ってるの?」

「そういうことになるんだね。でもオレのを見たんだから良いでしょ。」

とにかくオレだけ文句を言われたのが気に食わなかった。
オレの携帯から勝手に新美にメールを送られて、勝手に新美の番号を消されて・・・
綾音に仕返しをしてやりたい。粗捜しのようで、いやらしい行動かもしれない。
それでも、オレだけ責められたのが納得出来ないから。だからオレは綾音に携帯を見せろと言う。

「見てどうするの?」

「男とメールをしてないか見せてもらう。」

「・・・・・」

「何にもないなら良いでしょ。早く。」

この態度はもしかしたらビンゴなのか?
綾音は携帯を出したがらない。

「早くしてよ!なんでオレだけなんだよ!」

オレは声を荒らげる。
さすがにオレだって、あんなことされたからイライラしている。
そんなオレの態度を見たからか、綾音は無言で携帯をオレに差し出す。

「・・・・・」

オレも無言で綾音の携帯を調べる。
まずメールから。

やっぱりというか、的中だった。

「ねぇ。」

「・・・なに?」

「この西村修矢ってアイツだろ?
オレと一度別れたときに、綾音をカラオケに誘ってたフリーター。」

「そう・・・」

「綾ちゃん、カラオケ行こうよ〜・・・って、オマエこそメールしてんじゃねぇか。」

「それは・・・彰と付き合う前からメールしてて、
今は向こうから一方的にメールが来るだけだよ・・・」

「じゃあ綾音からはメール送ってないって?」

「うん・・・
でも一応返事して、断ってた・・・」

「彼氏がいるって言えよ!!言えばメールしつこく来ないだろ!?
なんでそれをしないで、曖昧な返事を返すだけなんだよ!!」

「っ・・そんな怒らないでよ・・・
彼氏がいるって言うのが恥ずかしくて・・・だから・・・」

「恥ずかしい?
オレと付き合っているのが恥ずかしいって?」

「違う!!そんなことないよ!!」

「だったらオレから送ってやろうか?このクソに。
オマエが新美にメールを送ったみたいにさぁ。」

「・・・・・」

綾音が新美にしたことを。こいつにもしてやる。

『もうメールしてくるな』

明らかに男からのメールに見えるけど、全然良いだろ。
むしろ彼氏からだと思ってくれた方が好都合。
オレは西村というクソにメールを送る。

「メール送ったから。
あとこいつの番号も消す。」

オレはアドレス帳を開く。
そして西村という名前を探す・・・が。

「おい。」

「・・・なに?」

「男の名前が一杯あるけど、これは何?」

綾音の携帯には明らかに男が何人も・・・
は?一体これは何の冗談?

「それは・・・高校の同級生とか・・・
もうメールも電話もしていないけど、番号ずっと消してなくて・・・」

「なんでオレと付き合ってるのに男の番号が残ってるんだよ・・・」

「・・・・・」

「最悪だ・・・」

「あたし、誰かと仲良くなるとすぐ番号教え合って・・・
携帯に番号がたくさん登録するの好きだし・・・
せっかく登録した番号消すのが勿体無くて、メモリ件数が多いと何か達成感みたいな・・・」

あぁ、そういやそうだったな・・・
あのときも、いきなりこいつに番号聞かれたもんな・・・
だからって、オレと付き合っているのに、他の男の番号残しておくか?
番号がたくさん登録するのが好き?仲良くなるとすぐ番号交換?
みんな友達になりたい?
自分はみんなのアイドルのような存在でいたいってか?

アホくさ。
オレの携帯なんて圭介と親くらいだっつうの。あと田中と石井くらいか。
どうせ学校の友達なんてのは、その場限りの友情であり、
学校が終わればもうそいつ等との関係なんてのは終了する。
そう、高校時代仲が良かった田中も石井もだ。
もう向こうから連絡が来ることも無い、オレからすることも無い。
メールも電話もしないなら何故消さない?

向こうからまた連絡があるかもしれない?
田中と石井の番号が残っているってことは、オレにもそういった期待のような気持ちがあるんだろう。
だが綾音はどうだ?
彼氏がいるのに男の番号だぞ?
消してしまうのが勿体無い?何が?どうして?
連絡するしない関係無いだろ。彼氏がいるなら男は全部消せよ。

待てよ・・・もしかして・・・
最悪の状況が思い浮かぶ。
番号を消すのが勿体無いってことは、ある可能性があるからだ。

それは・・・

「もしかして、前の彼氏とかも残ったままとか?」

「・・・すぐ消す。今すぐ消すから!!」

綾音はオレから携帯を奪い返そうとする。
だが渡さない。ハッキリ答えを言わないから。
『すぐ消すから』そんな言葉じゃオレは誤魔化されない。

「残ったままなの?」

「ごめん・・・」

オレの頭の中が一気に真っ白になる。

は?ごめん?ごめんって何?

ごめんってことは残っていたってことか?

なんで?

「ふざけるなよっ!!」

オレは携帯を壁に向かって投げつける。
例え、壁にぶつかった音で、既に寝ている親が起きても。
例え、綾音の携帯が壊れても。
そんな可能性全て無視して、力の限り投げつけた。

「あぁ・・っ!!」

壁にぶつかった衝撃で、電池パックの蓋が外れ、電池パックがオレの目の前に落ちる。

綾音はすぐ携帯と蓋、そしてオレの目の前に落ちた電池パックを拾い、
携帯にはめ、電源を入れる。

あぁ、最近の機械って頑丈なんだな?
あれだけ思い切り投げつけたのに、蓋と電池パックが外れるだけなんて。
いやぁ、ホントすごい技術だよ。

「ごめ、なさい・・・だから怒らな、っ・・いで」

綾音は携帯を握り締めたまま泣きじゃくる。
ずるい。自分が悪いくせに、泣けば何でも済むと思っているのか?
男が泣いたって何ともならないのに、女は泣けば済むって?
この状況は、泣いて済む問題か?

いや、済むはずが無い。
許せるわけが無い。
綾音の泣く姿を見て多少罪悪感を感じてしまったが、オレは悪くない。
全部綾音が悪い。

正直、綾音を思い切り殴りたい。
それだけのことをしたんだから。

しかし、相手がどんなに悪くても、頭に血が上っても、それだけはやっちゃいけない。
こんな状況でも、女に暴力を振るわないのは最低限のマナーだとでも考えているのか?
じゃあ前の彼氏の番号を消すってのは、彼氏に対しての最低限のマナーじゃないのか?
え?違うの?

いや違わないでしょ。
なんでそんな最低限のマナーすら守れないの?この女は。

怒りがまた込み上げて来る。
今まで感じたことの無い気持ち・・・
呼吸が荒くなる、胸が苦しい、口の中が気持ち悪い。

ダメだ、落ち着け彰・・・

「綾音・・・」

「ひ、ぅっ・・・な、なに・・?」

「今すぐ、オレ以外の男は消して・・・」

「わかった・・・だからもう怒らないで・・・」

「わかったから早くして・・・」

綾音はオレ以外の男の番号を消し始める。

結局・・・今回は誰が一番悪かったのか?

綾音に決まっている。当たり前だ。
だがオレも新美と一緒に帰っていたりと罪がある。
罪の重さで言ったら、オレの罪なんて綾音の罪に比べれば軽いものだ。
綾音の罪で、オレの罪が小さく見える。
自分はまったく悪くないと思える程に・・・

「消したよ・・・」

「ああ・・・」

しばらく沈黙が続く。
今までは、夜来たときはいつもエッチをしていたが、
今日はそんな気分じゃない。
もうお互い用が済んだのなら、帰らすべきだろう。

「綾音、もうそろそろ家に帰ろ。
送っていくから・・・」

「う、ぅ・・・ホントにごめんなさい・・・」

「わかったから・・・さ。」

オレは綾音の涙を指で拭ってやる。
あんなことされたのに、それでもオレはまだ綾音が好きなんだ。
好きだからこそ、男の番号が残っていることに腹が立った。
嫉妬心・・・
綾音も同じ気持ちだったのかもしれない。
綾音もオレと同じ、嫉妬心が強かったんだろう。

「オレも・・・ごめん・・・」

「彰は・・・あたしのせいでこんなことになったんだよ・・・
だから悪くない・・・」

「・・・・・」

悪くないはずはない。
オレだって悪いんだから・・・

しかし新美には・・・悪いことをしたかもしれない。
この期に及んで、まだ新美を気にしている自分がいる。
今度、新美と勤務時間が重なったときに謝っておくべきか。
せめて、それだけはしてやりたい・・・

「さ、行こっか・・・」

「うん・・・ありがと。」

玄関の扉をそーっと開け、オレは綾音を家まで送る。
お互い自転車で綾音の家まで・・・



「彰、今日はごめん・・・」

「もう、いいから・・・早く家に入りな。」

「うん・・・」

「綾音、念のため携帯のオレとのメール・・・消しておけよ?」

「わかった・・・それじゃ・・・」

オレの家を出てからずっと暗い顔だ。
さすがに終始こんな顔見せられると、オレが辛い。

「あ・・・」

オレは綾音の頭を撫でてやる。
なんとなく自然に無意識で撫でてしまった。

「ありがと・・・」

綾音が微笑む。
この顔を見たかったから・・・オレは撫でたんだ。
この顔が好きだから・・・

「うん、じゃあな綾音。」

「ばいばい、彰。」

綾音もオレと同じように、玄関の扉を音を立てずに開く。
そして、家に入る前にもう一度手を振ってくれた。
オレも手を振り返してやると、綾音はまた微笑んで家に入っていく。

「帰るか・・・」

どっと疲れた・・・
本当にこの土日色々あり過ぎた・・・

土曜に綾音の母親がガーデンに来襲して、母親と話して・・・

・・・その後オレはどうした?

忘れていた、いや、考えないようにしていたのか。

「オレは・・・」

オレは前の彼女、優に会った・・・
そして優の家に行った。

オレは・・・何で前の彼氏の番号が残っていた綾音を責められた?
オレの方が最低な行為をしていたんじゃないか?
何もしていない。優とはただ話していただけだ。
それでも彼女がいるのに、前の彼女の家に行くだなんて・・・

今更こんな罪悪感を感じたって・・・
今更、綾音に言える訳無いじゃないか。

じゃあどうする?
もうこのまま黙ったままで行くべきじゃないか。
当たり前だろ、そんなの。

あの綾音の微笑んだ顔を思い出すと・・・
余計に罪悪感を感じる・・・

オレの方が最低じゃないか・・・


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