第三十四話
修羅場



「叶野っち、今日も送ってくれてありがとね。」

「ん?ああ・・・」

「どうしたの?」

「ええっと・・・」

結局言えずに家まで来てしまった・・・
マズイ・・・
何とか言わないと・・・

「あの、さ・・・」

「なに?」

「えっと・・・
オマエには今彼氏がいるわけじゃん?」

「え?そうだけど・・・」

「オレにも今、一応彼女いる・・・」

「うん・・・」

新美の顔が曇っていくのがわかる。
ここまで言えば、勘が良い新美なら察しは付いたのかもしれない。

「気を悪くしないで欲しいんだけど・・・」

「いいよ、叶野っち。
叶野っちの言いたいことは分かったから。」

「新美・・・」

「あたしもいい加減にしないと、って思ってた・・・
でもあの人全然構ってくれなくて、一人で帰るの寂しくて・・・」

「・・・・・」

「叶野っちってば、すごく優しくてあたし甘えてばっかりだったね・・・」

やっぱり新美は勘が鋭い。
もうオレの言いたいことが完全に分かってたみたいだ。

「今日、叶野っちと綾の仲の良い姿見て、
あたしも今日で終わりにしようって思ってた・・・」

「そう、なんだ・・・」

「あたしも、あたしの彼氏も、この事綾に言ったりしないから安心して。」

「うん・・・」

「今まで送ってくれたのは、あたしのわがままだったんだから・・・
叶野っちは罪悪感、感じることないよ?」

「そう、かな?」

「そうだよ。本当にありがとね・・・
正直、少し寂しくなるけど、あたし大丈夫だから・・・」

「そっか・・・」

「じゃあね、叶野っち。
これからガーデンで会っても、今まで通り接してね?」

「うん、わかった。それじゃ・・・」

新美が家に入るのを見届け、オレは帰路に就くことにする。
なんか悪いことしたか・・・?

いや・・・
これで良かったんだろう。
新美、綾音、オレのためにもこれがベストだと思う・・・

「ん?」

ズボンのポケットに入っていた携帯が震えている。
綾音からのメールか?
オレはポケットから携帯を取り出し、開く。

この時間に来る綾音のメールといえば、
今日ご飯何食べた、次いつ遊ぶかとか些細な話だ。
オレはいつもと同じように返事を返す、そう思っていた。

「っ・・!?」

しかし今綾音から来たメール内容は予想外で・・・
新美を送っている間に同じようなメール、着信が何件も・・・

『ねえ!何でめぐと一緒に帰っているの?
何で返事が無いの?ちゃんと返事してよ!!』

本当にそんな内容のメールが何件も・・・
音無しバイブのみのマナーモードだからか、自転車に乗ってても気付かなかった・・・

しかし何故バレた?

綾音の家からガーデンはホントすぐ近くだ。
まさか家からオレ達二人の姿が見えた?
それ以外考えられない・・・
しまった・・・もう少し考えていれば良かった・・・

「どうしたら・・・」

本当にどうしたらいいのか・・・
素直に謝るってのは当たり前だが、この雰囲気じゃそれだけじゃ満足しないだろう。
言い訳・・・何かしらの言い訳を考えなきゃいけない・・・

とりあえず電話しよう・・・
家に帰ってからゆっくり話すとして、とりあえず今は謝るだけでも・・・

オレは着信履歴から綾音の番号に電話を掛ける。
自転車を走りながら電話は危ないので、とりあえずいつも新美と一緒に行ってる公園に行く。
公園の敷地内に入り、いつものベンチに着いた辺りで綾音は電話に出た。

『・・・・・』

「あの・・・」

『ねぇ、なんで・・・?』

「新美のこと、か・・・」

『なんで、めぐと一緒にいるの・・・』

メールの内容とは全然違うテンション・・・
メールでは完全に頭に血が上っているような感じだったが、
今は落ち着いているのか?

いや、これは・・・
もしかして泣いてる・・・?

「ごめん、本当にごめん・・・」

謝る。
マスゴミのように、下手に言い訳したら余計悪化するだろう。
だから素直に謝る。

『彰とめぐって、何でそんなに仲が良いの・・・?』

「あの・・・新美から家送って欲しいって言われて・・・」

って、結局言い訳してんじゃんオレ・・・

『頼まれたから送って行ったの・・・?』

「それは・・・ごめん・・・」

これは非常にまずい雰囲気・・・
出来ればインターバルを挟みたいところだ・・・

「あの、今外にいてさ・・・
だから家着いたらまた電話する・・・ごめん。」

『・・・わかった。』

綾音はそう言い、電話を切ってしまった。

「あ〜・・・くそっ・・・」

後で電話で謝って何とかする。
そんなの結局現状から逃げているだけだろ・・・
それまでには綾音も落ち着いて、オレの言い訳を聞いてくれる、そんなことを考えている。
わかっているよ?自分が一体何をやったのか。
綾音という彼女がいるのに、他の女の子と一緒に帰るだなんて・・・
逆の立場だったら、オレだって嫌だし・・・

じゃあオレは何でこんなことやったんだよ?
新美に恩を感じているから?どんなに強がっていても、新美が女の子だから?
彼女が出来たからって、自分はモテる、自分は頼られているって勘違い、自惚れていたんじゃないのか?
オレみたいな男に、女の子を何人も守れるなんて思ってたんじゃないのか?

そんなこと・・・
自分の彼女を悲しませるような男が一体何を考えていたんだ・・・

家に着いたらまた電話するって言ったが、電話で謝ることなのか?
ちゃんと会って話すことじゃないのか?
でも今日はもう会えないし・・・

明日は月曜だから、一緒に電車に乗るとき会えるけど・・・
明日会えるから明日謝れば良いなんてのはダメだろ、常識的に。
だったら電話で精一杯謝るしかない・・・

オレは自転車のペダルを強めにこぎ、帰路を急ぐ。
少しでも早く綾音に電話出来るように・・・




オレは家に着いてすぐ部屋にこもり、綾音に電話を掛ける。
電話を掛けて、2コールで綾音は電話に出た。
出るのが早いってことは、電話を離さずオレを待っていたってことか?

「もしもし・・・綾音?」

『・・・・・』

無言だ・・・
こんな短時間で落ち着くはずがないって分かっていたさ。
だったら、さっき電話したときにちゃんと話しておけば良かったなんて、今更後悔しても遅い。
後悔ばかりじゃないか、オレって・・・

「あの、ごめん・・・本当に。」

『夜、彰の家に行くから。』

「え?」

一瞬耳を疑った。
夜家に来る?

ここで綾音が言う夜とは深夜を指す。
今までもそうだったから。
そう言って綾音は深夜オレの家に遊びに来てたのだ。
昨日あんなことがあったのに、今日遊びに来るって?
それはいくらなんでも・・・

「綾音・・・
昨日お母さんに怒られただろ?それはいくら何でも・・・」

『なんでめぐは良いのに、あたしはダメなの?』

「え?」

『とにかく行くから。』

また電話を一方的に切られてしまった。
確かに電話で話すより、直接話した方が良いとは思ったけどさぁ・・・
また綾音の母親にバレたらどうするんだよ・・・

結局こうなったら綾音を止められる訳が無く、
オレは綾音が来るのを待つしか無かった。





深夜1時半過ぎ、メール着信でオレの携帯が震える。
これは、もう家の前まで来たからドアを開けろというメールだろう。
携帯を開くとやっぱり綾音からだった。
『今家の前だから開けて』
たったそれだけの無機質なメール・・・
オレはすぐドアを開けに行く。
もう親は二人供寝ているため、なるべく音を立てず、ゆっくり玄関のドアを開ける。

ドアを開けると、いつも学校行くときや、ガーデンとは違う綾音だ。
いつも夜来るときはコンタクトを外しているため、赤渕メガネで来る。
メガネ姿を見るたび可愛いと思っていたが、今日はそれどころじゃない。
メガネを通して見る綾音の目は冷たくて、それだけでオレはここから逃げ出したくなる。

「こんばんわ・・・」

何か話さなきゃと思い、口から出た言葉がそれだ。
この状況でこんばんわって・・・

「こんばんわ。」

挨拶を返してくれたは良いものの、やはりその声から綾音の怒りを感じる気がする。
怒ったり、悲しんだり、そして今は怒っている状態か。

「とりあえず部屋へ・・・」

「お邪魔します。」

綾音と一緒に部屋へ向かう。
一体オレはどうしたらいいのだろうか・・・
まさかまた別れるってことになるのだろうか・・・
不安で一杯になる。口の中が変な味がする。吐きそうだ。
何でオレはこんなことをやったんだろう、時間を巻き戻せたらどれだけ幸せか・・・

「あの、オレ飲み物取ってくるから、そこら辺に座っ・・・」

「いらない。」

「そっ、か・・・」

綾音は床に敷いてあった座布団に座る。
来て早々、オレは尋問にかけられるのだろう・・・

「今までずっとめぐと一緒に帰っていたの?
それとも今日だけ?」

いきなり初っ端から新美の話か・・・
綾音は真っ直ぐオレの目を見て問う。
オレは綾音の目を見れなくて、目が泳ぐ・・・
嘘を言う気は無い。正直に言おう。

「何回かは帰ってた・・・」

「全部めぐから誘ってきたの?」

「そう・・・」

「何で誘われて断らないの?
何であたしと付き合っているのに、他の女の子・・・
しかもよりによって、何でめぐなの?」

「それは・・・」

オレだって綾音と付き合っているのに、他の女の子と帰ったのは悪いって思っている。
だけど、新美には世話になったから・・・
じゃあ、一体何の世話になったのか?

綾音にフラれて落ち込んでいたのを励ましてもらった。

そこまで言うべきか?言わないほうがいいか?
・・・いや。

ここでオレの考えが切り替わる。

オレが告白してフラれて、綾音から付き合おうって言われて、
そしてフラれて、また綾音から付き合おうってことになって・・・
オレをフったのだっって、中途半端な気持ちじゃ付き合えないとかそんな理由だった。
オマエは、自分を悲劇のヒロインか何かと勘違いしているんじゃないか?
綾音の優柔不断な考えでフラれなければ、オレは新美に励まされるほど落ち込んだりはしなかった。
じゃあ原因は綾音にあるんじゃないのか?

「オレは・・・あのときオマエにフラれてすごく落ち込んでた・・・
だからそんなオレを励ましてくれたのが新美なんだよ。」

「・・・・・」

自分に都合の悪い話だからか、綾音は目を逸らし、
逆に今度はオレが綾音の目をしっかり見ながら話す。

「新美には感謝してるから・・・
だから家まで送ってあげたんだよ。」

「あたしのせいって言いたいの?」

綾音の目が再びオレの目を捉える。

「そういうわけじゃ・・・ない。」

綾音の視線が怖くて、綾音のせいでこうなったって言えない自分が情けない・・・

「だしさ、めぐはそんな前から知ってたんだね。あたしと彰の関係。
てっきり、昨日あたしのお母さんがガーデンに来たとき初めて知ったって思ってたよ。」

「・・・・・」

「あたしと彰が付き合っているのを知っているのに、
人の彼氏に家まで送ってもらおうだなんて・・・
何でそんなこと普通に考えるんだろうね?自分だって彼氏いるのに・・・」

「そう、だね・・・
でも今日新美に言ったよ、もう一緒に帰るのは今日で最後にするって・・・」

「そんなの信用出来ない。
あの子のことだから、何にも反省してない。
すぐ甘えるに決まってる。それがあの子の武器だもん。
だから携帯貸して。どうせ、めぐとメールとか電話とかしてるんでしょ?」

「してるよ・・・」

「貸して。」

「はい・・・」

オレは自分の携帯を綾音に渡す。
一体何をする気だ?メールを全部消すとか?
綾音が一体何をするのか・・・もうオレには止められない・・・

「今からめぐにメールするから。」

「え?なんて?」

綾音は打ったメールをオレに見せる。

『もうオレに関わらないで』

完全に新美を突き放すような文。
本気でそんな冷たいメールを送るのか?

綾音はオレに画面を向けたまま、オレの目の前でメールを送信する。
マジか、おい・・・
いくらなんでも酷いメールだ・・・

メールを送ってすぐにメールが返って来た。

『わかった』

新美からのメールだ。
たった一言、それだけの・・・
やはりあんなメールを送ったから怒っているんだろうか?
そりゃそうだろ。一緒に帰るのはもう止めるって言ったのに、その後にこんなメールだ。
新美とは綺麗に終わらしたはずだったのに、それを完全に台無しにしたエグいメール・・・

「これで、もうめぐと話したり、一緒に帰ったり、メールもしたり出来ないよね?」

「ああ、そうだな・・・」

「番号もメールも着信履歴も、残っているめぐの情報消すから。」

「・・・・・」

やっぱり納得出来ない・・・
オレが謝れば、事態はこれで収まるんだろう。
だけど、やっぱり相手の言いなりは納得出来ない。

「綾音。」

「なに?」

今が既に修羅場だ。
だったらこれ以上悪くなることは無い。
だからオレも言われっぱなしじゃなく、言い返す。


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