第三十三話
新美と最後の帰宅



「オーダーがこんなに!?
叶野さん、ハプった!!ハプりました!!」

「いいから早く作ってよ袴田!!」

日曜18時。
オレと綾音が出勤した頃には、既にフロアもキッチンも崩壊状態だった。

「叶野君、チキンステーキは!?」

「あ、まだす・・・」

「このお客さん、もう20分待たされて怒ってるから早くして!!」

「はい。
袴田、チキンステーキもう出来る?」

「もう出ます!!」

「じゃあそれ出した後、ハンバーグを・・・9枚、
ステーキを4枚焼いて・・・あ、あとドリア2つね。」

「了解です!!」

いつもの日曜はこんなに忙しくないんだけどな・・・
何故か今日は凄まじく忙しい。
忙しいからか、昨日のオレと綾音のことは誰も口にしない。
それくらい今日は凄まじく忙しい・・・

しかし、その方が気が楽かもしれないな・・・
今日出勤して、高野や店長に何か言われるかもと思ったが。

「叶野さんっ!!まだまだオーダーが一杯来てます!!」

「頑張れ袴田!!
オレももう一杯一杯だ!!」

ちなみに袴田はまだオレと綾音の関係を知らない。
綾音の母親が乗り込んで来たとき、袴田はゴミ捨てをやっていたしね。
別に教える必要もないので、今後も教えることは無いだろう。

「いらっしゃいませー!!」

綾音の声だ。
キッチンからでも、フロアの綾音の声はよく聞こえる。
綾音は誰に対しても明るいキャラだ。
誰ともすぐ打ち解けるような・・・オレとはまったく対照的で・・・

店に入って、ロリ系の店員に元気良く
『いらっしゃいませ』って言われるのはどんな気分なのだろうか?
男の客からしたら、気分良いのかもしれない・・・
オレ以外の男に、例えそれが客だろうと、綾音が声を掛けるのが気に食わない気持ちはある。
接客だし仕方無いとは思うけどね・・・
そんな些細なことでも嫉妬してしまうオレの器が小さいのだろうか?
いやいや、それだけ綾音が好きだってことだよ・・・
オレは、綾音の笑顔も全て自分のモノにしたいっていう独占欲が強いってのもある。

オレ以外の連中は知らない、オレだけしか知らない綾音の顔・・・
あんな明るい子でも、オレの前でだけは泣いたりする。
綾音はオレだけを頼りにしてくれる。守ってやりたい・・・
今までの彼氏は散々だったのなら、これからの恋愛を良いものにすればいい。
それがオレに出来るかは分からない。
でもお互いが好きだったら・・・お互いが笑っていられるんだ。

「叶野さん、疲れました・・・」

「ああ、疲れたな・・・」

忙しかったのは20時までで、それ以降は特にオーダーの嵐も無く、
ちまちまデザートのオーダーがあるくらいだ。
そのため、料理を作るのは20時出勤のおばちゃん達にまかせ、
オレとバカマダはひたすら溜まった食器を洗っていた。

「疲れたから、ちょっと休憩室でタバコ吸って来るよ。」

「またっすかぁ!?昨日も吸ってましたよね?」

「大丈夫!!店長もいないし、みんなやってることだ!!」

「ずるい・・・」

疲れたから休憩したいってのもあるし、タバコを吸いたいってのもある。
だが一番の理由は、綾音が20時あがりなので少しだけ会いたい。

「彰、お疲れさま。」

ちょうど着替え終わって、今から帰るところだったようだ。
良かった、帰る前に会えて・・・

「お疲れ。綾音はもう今日は終わりだよね?」

「うん。
あんまりバイトの時間が長いとお母さんに怒られるからね・・・
だから最近は時間短くしてもらってるんだよ。」

「そうなんだ。
そういうのも厳しいんだね、オマエのお母さんは。」

「高い学費払って学校行ってるんだから、バイトより勉強しろってよく言われるよ・・・
でもバイトしないと、親のお金だけじゃ学費払えないし・・・
だから家にいるときはちゃんと勉強してるけど・・・やっぱりバイトと勉強の両立って難しいね。」

大学や専門学校って、高校とは比較にならないほど学費が高いしな・・・
オレの親も入学金や学費に苦労してるそうで、祖父にお金を借りに行くほどだ。

「まじめだな・・・オレとは全然違うね。」

「保育の先生になりたいしね。まじめにやるよ。
彰も勉強とかしないとダメだよ?」

「まぁ・・・
まだ一年だから良いかなっていう気持ちはあるけどね。」

「ダメだよ、夢があるなら今のうちにちゃんとしないと。」

綾音は保育士になるという夢がある。
だから保育の学校に行っている。
だがオレはどうなんだ?
特に将来やりたい仕事も無く、特に誇れる能力も無く、
ただパソコンが好きだからという安直な理由でコンピューター系の学校に行っている。
コンピューター系の学校に行けば、そっち系の会社に就職出来るだろうという根拠の無い自信。
オレは綾音のように夢もやりたい事も無い。

綾音を見ていると、オレはこのままで良いのかと思うときがある。
だからといって、もう学校に入学している以上、このまま卒業するまでいるのだが・・・
もう少し将来を真剣に考えてみるべきだろうか?
オレはただ綾音と一緒にいたいとばかり考えていた・・・
現実はそんな簡単なことじゃないだろう。
最近のニュースを見ている限りじゃ、今は入社一日前に内定取り消しとか悲惨な会社もある。

大学と違って、専門学校は卒業するのに二年。
二年なんてあっというまだ。
一年生だから、二年生になれば頑張ればいいと思っていたが、
もしかしたら今から頑張るべきなのだろうか?

「じゃあ、あたし帰るね。
お母さんまたうるさくなるから。」

「あ、うん。じゃあ、綾音。」

「うん、ばいばい・・・」

綾音はオレの手を引き、顔を引き寄せ・・・

「バイバイのチューね。じゃあねー。」

・・・・・
こういう、別れ際のチューって良いなぁ・・・
もうすっかり恋人気分で。

「しかし・・・」

改めて思うが、うるさい母親、バイト、勉強、綾音は大変だな・・・
それに比べてオレは・・・

!?
後ろから誰か来た!?
まさか今の見られたんじゃ・・・

「あれ、叶野っち、もうあがりなの?」

「新美?」

「もしかしてサボり?」

「え?ああ、まぁ。
客足が落ち着いて来たし、タバコが吸いたくなってね。」

「叶野っちも、ついにニコ中かぁ。」

「そう、だね。
オマエからタバコ吸わせてもらったからかもね。」

「人のせいにしないでよー。
てかさ、叶野っちさ。」

「ん?」

「さっきの、見られてないって思ってる?」

「さっきのって・・・」

「熱愛なの、分かるけどさ。
もうちょっと周り見たほうがいいよ?」

「あー・・・
やっぱ見られたのか・・・」

「あたししかいなかったから良かったけど・・・
昨日あんなことがあったんだからぁ。」

「そうだね・・・
いや、ほんとガーデンには迷惑掛けたし、
オマエも綾音を励ましてくれたんだよな?」

「そうだよ。
お母さんに怒られて、そのお母さんに叶野っちが呼び出し食らって・・・
不安でしょうがなかったんだろうね。」

「オマエには色々世話になってるね・・・
ホントありがとな。」

新美はオレと綾音より年下のはずなのに、
たまぁに大人っぽくなるときがある。
だからか、オレも綾音も新美に頼っちゃうんだよなぁ。

「ほんとに感謝してる?」

「感謝してるよ、ほんとに。」

ん?このパターンは・・・

「じゃあさ、今日また家まで送ってよ。
あの人今日深夜勤務だし。」

「やっぱりか・・・
いいけどオマエは何時あがり?」

「あたしは叶野っちよりちょっと早い21時半だよ。。」

「そうなんだ。オレは22時だから、休憩室で待っててくれ。」

「うん、わかった。じゃあね〜。」

・・・・・
最近、更に罪悪感を感じるようになった。
オレはいつまでも新美を家まで送り続けていいものなのか?
世話になったから?女の子一人で帰すのは危ないから?
そんな自分が恋愛漫画や小説の主人公になったかのような、偽善的な考え・・・
オレにはもう彼女がいるのに、他の女の子と親しくするなんて・・・

心配するのなら自分の彼女だけで良い。
自分の彼女さえ無事なら、他の女の子なんてどうでも良い。
綾音ただ一人が本気で好きなら、それくらいの気持ちが無きゃダメだろうか?
それが本来の恋愛なのだろうか?
付き合っている訳では無い親しい女の子を守るだの・・・
そんな事やってていいのか?
もう、ここらで止めておいた方が良いのかもしれない・・・

『なんで彰、めぐと一緒にいるの?
酷いよ・・・信じてたのに・・・』

泣きそうな顔でオレに向けられる言葉・・・
これはオレの妄想だが、いつか綾音にそんなことを言われるかもしれない。
そうなる前に、新美と一緒に帰るのを止めたほうが良い。
やっぱり今日、新美に言おう・・・
もう今日で最後にしようと。

一人で帰るのは怖いのは分かるが、
お互い恋人がいるのなら・・・今の状態じゃマズイに決まっている。





「お疲れ様でした。それじゃ後はお願いします。」

「はーい。叶野君、袴田君おつかれー。」

22時になったので、深夜組のおばちゃん達に引継ぎを任せ、オレと袴田はあがることにする。

「いやー、今日はゴミ捨てやらされなくて良かったぁ。」

「心優しいおばちゃんがやってくれたしな。」

「いつも叶野さんにやらされてる僕を可哀想だと思ってるんですよ・・・」

「そうかぁ?なんなら毎日ゴミ捨てにしようか?」

「今でも、ほぼ毎日僕がゴミ捨てなんですけど・・・」

「今日も疲れたなぁ。」

「えぇ!?シカトォ!?」

今日も忙しくて疲れたが・・・
まだオレには任務がある。
新美を家まで送る。そして家まで送るのは今日で最後だと言う。
オレに出来るのかね?このチキンでヘタレなオレに・・・

「叶野っち、バカマダ、おっつかれー!!」

休憩室に入ると、もう着替え終わった新美がいた。

「うるせぇ、バカマダって呼ぶな!!」

「バカマダ〜。」

「叶野さんまで!?」

バカマダをからかうのは面白いなぁ。
こいつは生まれつきいじられキャラなのだろう・・・

しかし、何だこの休憩室・・・かなり煙いな・・・
オレが終わるまでの30分、一体タバコ何本吸ってたんだ新美は?
ほんとかなりのヘビースモーカーだよな。未成年のくせに。
女でタバコを吸うのって、将来生まれる子供によくないとか聞いたことあるけど。
こいつ大丈夫なんだろうか?
・・・いやいや、他の女の子なんて心配してどうするんだオレ・・・
今日で終わりにするんだから、今心配してちゃダメだろ。

「あたし外で待ってるから、叶野っち早く来てね〜。」

「ああ、わかった。」

「え?もしかして叶野さんとアイツってそういう関係・・・?」

「な訳ないじゃん。
ただ家まで送ってくだけだよ。それに彼氏いるじゃん新美は。」

「あ、それもそうですね。」

そういや袴田は、オレと綾音の関係を知らない。
しかしオレと新美が一緒に帰ってくることを知ってしまった。
一応釘を刺しておいたほうが良いのかもな・・・

「あのさ袴田よ。」

「なんですか?」

「一応、オレと新美が一緒に帰ってるの誰にも内緒な。
アイツの彼氏にバレると面倒だから。」

「あ〜、了解しました!!」

新美の彼氏の山神は、オレと新美が一緒に帰ることはとっくに知ってる。
ただ、新美が言うには山神は口が堅いらしく、仲の良い高野や合田にも言っていないみたいだ。
合田はともかく、あのバカ面した高野は口が軽いらしいし、
その高野が綾音にバラしてないってことは、山神は喋ってないってことだよな。
あの連中はかなり嫌いだが、山神が喋らないことを信じるしか無い・・・

「じゃあオレ先着替えるから。」

「あ、はい。」

待たしちゃ悪いので、オレは急いで着替える。

「それじゃ、おつかれ〜。」

「着替えるの早っ!?」

新美はいつも通りの場所、駐輪場でオレを待っていた。

「叶野っち、早いね〜。」

「急いで着替えたからな。」

「そんな急がなくても良かったのに。」

「そうか?まぁいいや、帰るぞ。」

「うん、ありがとね〜。」

オレと新美は自分の自転車に乗り、新見の家へ向かう。
一体どのタイミングで言おう・・・
最初に言ってしまったら、家に着くまでの残り時間が気まずいことになる。
だったら家に着く直前に言うべきだろう。

これで完璧だ。
袴田にも口止めはしたし、新美に今日で終わりにすると言う。
今日で終わりになれば、綾音にバレることは無いだろう。

このとき、オレはまったく気付いて無かった・・・
オレのポケットに入っている携帯が震えていることに・・・


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