第三十話
過去を知る覚悟



「いいよ、上がって。」

「お邪魔します・・・」

優の家は本当にガーデンからすぐ近くだった。
二人で歩いて5分くらいの場所だ。

「何が飲みたい?」

「コーヒー・・・かなぁ。」

「彰は甘いのダメだったから、砂糖は無しだよね。」

「うん・・・」

「じゃあ出来るまで適当に座っててね。」

「わかった・・・」

女の子の家に入るのは生まれて初めてだ。
もしかしたら子供の頃に女の子の家に入ったことがあるかもしれない。
が、子供の頃はノーカウントだろう。

緊張する・・・

優の住む家は、ワンルームの一人暮らし用だ。
部屋は綺麗に片付いているし、圭介や男の部屋とは全然違う。
それに良い匂いがする・・・
これが女の子の部屋の匂いか・・・

テレビの前に小さいテーブルがある。
ここに座ったほうが良いかな。
オレはテレビの前に座ることにする。
座ったところで、何かをする訳でもない。
男である以上、女の子の部屋を色々漁りたい気持ちはあるが・・・
普通に考えてそんなこと出来るわけないしなぁ。
とりあえず待つことにする。

「お待たせ。」

「ありがと。」

出されたコーヒーを一口・・・
砂糖無しなのでもちろん苦い。
しかしミルクが入っているので、まったり苦いって感じかな。
甘いものは昔からあんまり好きじゃないので、
コーヒーを飲むときはいつも砂糖無しミルク入りだ。
よく二人で行ったジャスモ内にある喫茶店で、同じ砂糖無しミルク入りコーヒー飲んでたが、
未だにオレがそれを飲むと覚えていたんだな・・・

「あの子と付き合って、まだ短いの?」

「あ、うん。つい最近・・・」

「そうなんだ。
でも、何か色々悩みあるんだよね?」

「・・・さっきも思ったんだけどさ、
何でオレに悩みがあるってわかるのさ?」

「顔見てればわかるよ。
あの子が好きなのに、どうしようもない悩みがあるような・・・
今の彰、そんな顔してる。」

なんでわかるのか。
それは、優と付き合っていた頃も悩みがあったからか。
あのときから、オレの悩みがありそうな顔をずっと見ていれば・・・
わかるもんなのだろうか?

「それは・・・前みたいに?」

「そうだね・・・
私と付き合っていた頃みたいに。」

やっぱりそうなんだ・・・
優と付き合っていた頃も悩みはあった。

綾音と同じで、エッチで一度も優をイカせられなかったことだ。
それがオレに凄まじいプレッシャーを与え、それに耐えられなくなり、
オレから別れることになったんだが・・・

「何でも聞いてあげるよ、悩み。
彰、他の人には話せないんじゃない?」

オレは確かに誰にも悩みを相談出来ない・・・
新美には、オレの深い悩みまでは話していない。
綾音が処女じゃないとか、イカせられないとか・・・
そんなこと新美には話せるわけが無い。
むしろ話したくない。

「何で、そんなことするの・・・」

「ただのおせっかい・・・
少しでも楽になれば良いかなって。例え前の彼氏でも・・・」

優は本当に優しい・・・
それは、お姉ちゃんが弟に優しくするような、そんな感じなのか。
お姉ちゃんがどういうものかっていうのはゲームの中でしか知らない。
オレにお姉ちゃんなんていないし・・・
でもゲーム内のお姉ちゃんも優みたいに優しいキャラばかりだ・・・
この優しさがオレには心地良すぎる・・・

だから優とはネットゲームだけの関係で良かったんだよ・・・
オレの悩みを聞いてくれて、励ましてくれて・・・
それが付き合うことになって、別れて・・・
ネットゲームだけの関係を続けていれば、ずっとオレは優に甘えていたんだろう。
付き合うなんて勇気を出さず、ずっと甘えていれば良かったんだ。

別れてからは、その優しさが二度とオレに与えられるなんて思わなかった。
でも今、その優しさがオレに与えられる・・・
それがすごく嬉しくて・・・
女性に甘えるっていうことは、男として情けないのだろうか?
男だって女に甘えたいときだってある。

結局オレは優の優しさにすがって、
今オレが抱える悩みを話した。

新美に話せない悩みも、優になら話せる。
優のときも同じような悩みは持っていたのだから・・・
綾音と違うのは、オレと付き合ったとき優は処女だったということ・・・
初めての相手はオレであり、オレの初めては優なんだ。

「私のときと同じ悩み・・・なんだね、やっぱり」

「そうだね・・・」

「でも一番の悩みは、その子の男性経験が多いってことだよね。」

「自分でも、時間が経てば気にしなくなるかもって思ってて・・・
最近はそんなに気にしてなかったんだ。
でも母親から、アイツの過去を少しだけ聞いて・・・」

「やっぱり・・・一度、彼女とちゃんと話したら?」

「・・・・・」

「彼氏なんだし、彼女の過去を知りたいって思うのは分かるよ。
でも、いつまでも断片的な情報だけで妄想広げるより、
本当のことを全て本人に聞いた方が良いと思う。
例えそれが想像以上の過去でも・・・」

「そう、かな・・・」

「過去を聞いて、ちゃんとそれでもまだ好きだったら・・・
それは本当に相手が好きだってことだから。」

「・・・・・」

「それに、彰。
まだ自分のことも言ってないんじゃない?」

「オレ・・・?」

「うん。エッチなゲームをやっているとか・・・
相手から色々聞くんだったら、自分のこともしっかり話さないと。」

「いつまでも・・・隠しちゃダメなのかな。」

「私はそういうの気にしなかったけど、あの子は気にするかもしれない。
知ったら別れるって言い出すかもしれない。
そんなことで別れるって言うんだったら、それまでの恋愛じゃない?」

「・・・・・」

「長く付き合ってからそういうことになるより、
早めに言った方が良いと思うよ。」

「そうか・・・」

「とりあえず、お姉さんの恋愛相談はこんなとこ、かな?」

「うん・・・ありがと。」

別れた彼女にここまで優しくしてもらって・・・
別れるって言い出したのはオレなのに・・・
それなのに・・・

「優は・・・あの後、誰とも・・・?」

「ん?誰かと付き合ったかどうかってこと?」

「そう・・・」

「誰とも付き合ってないよ。
会社の同期の子には、よく合コンに誘われるけどね。
一度も行ったことないけど。」

「そう、なんだ・・・
そういうの、もう興味ないの?」

「どうだろ・・・
今は恋愛より、仕事だしね。」

「そっか・・・」

優は笑いながら話す。
オレと別れても、合コンとかそういうのには興味無いんだ・・・
優は今時のオシャレをすれば普通にモテそうなのにな。
でも合コンとか行かない女で良かったと安心している自分がいる。

何故?

自分の元彼女が、そこらの女供みたいに顔が良い、車が無きゃダメだっていう
軽過ぎるビッチじゃないっていうのは誰だって安心しないか?
例えそれが終わった彼女でも何故か安心する。
オレと別れた後、派手に男遊びしてたら絶対嫌だ。

嫉妬心・・・
自分が付き合っていた彼女が、他の男に弄ばれるのが嫌で、
別れた後もオレのことを忘れて欲しくないという独占欲や自惚れに似た感情・・・
オレは未だに優に未練があるのかもしれない。
綾音も優も、可能であるなら二人供手にしたいという愚かな考え・・・
有り得ない、無理だとわかってはいるが、そんなことを考えている自分がいる。

しかし、優はこういう女だからこそ、
当時も今も、オレは学ばされることがある。
オレにとって、結果はどうであれ、優と過ごした時間は無駄じゃなかったと思える。

オレと優の間にしばらく沈黙が続いていたときだ。
マナーモードにしていたオレの携帯が震える。

「あの子から?」

「かもしれない・・・」

「いいよ。気にせず電話出て。」

「うん。あ、でも電話じゃなくてメールだった。」

オレは携帯を開く。
やっぱり綾音からだった・・・

「今日のこと?」

「あ、うん・・・
今日はごめんなさい、だって。」

「確かに深夜遊ぶのはどうかと思うけど・・・
でもそれも学生のときは青春って感じで羨ましいね。」

「そう、かな?」

「私にはそういうの無かったから。」

「・・・・・」

「あ、そういう意味で言ったわけじゃないよ。」

「うん・・・」

綾音にメールの返事を返してやらないといけないし・・・
結構長く優の家にいたしな。返事が遅くなって綾音に変な風に思われるのも嫌だし。
そろそろ帰らないと・・・

「ごめん、オレそろそろ・・・」

「もうそんな時間・・・
そうだね、あの子を待たせちゃいけないし。」

「ほんとごめん・・・」

「いいよ。
だからあの子とうまく付き合っていけるようにね。」

「うん。ありがと・・・」

「また何かあったら言ってね。
私のパソコンのメールアドレス、覚えてる?」

「残ってる・・・
だから、また連絡するよ。」

「うん。彰、それじゃ・・・」

「じゃ・・・」

オレは優の家を後にする。

オレは・・・
決心した。

いつまでも綾音の過去でうじうじ悩んで・・・
これで最後にする。

もっと綾音の過去を知りたい。
ボランティアで出会って付き合ったとか、彼氏として全部知りたい。
前の彼氏のことを細かく聞くのって、
男としてダメかもしれないのはわかってるさ。
それでも、どうしてもオレは知らなきゃすっきりしない。

そしてオレも綾音に明かそう。
オレがエロゲー好きだってことを。

お互い全て相手に明かして、
そしてお互いちゃんと好きだって言えるんだったら・・・


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