第二十九話
知らされた過去



「娘から聞いたんだけど、あなた達付き合ってるんですってね?」

「そうですが何か?」

聞いたんじゃなく、綾音の携帯を勝手に見たんだろが。
もうこいつの印象は、綾音が怒られているのを初めて見たときから最悪だ。
今後一切、この印象が良い方になることは無いだろう。
何でもかんでも都合の悪いことは一切言わず、相手をとことん貶す。
さすがヒステリックババアだ。

「付き合ってることに関しては私は何も言いませんけど。
深夜二人で遊ぶのはどうかと思いますよ?」

「僕らはもう未成年じゃないんですけど。
深夜遊んではいけない訳ではないですよね?」

そう、オレ達はもう高校を卒業しているし、18歳だ。
エロ本だって堂々と買える年齢である。
なのに深夜は遊ぶなと言われる筋合いは無い。

「そういう問題じゃないでしょう。
親として、娘が深夜に外をフラフラするのが心配になるのは当たり前です。」

親ならもっと親らしく娘に接しろよ。
テメェのはただ自分の思い通りにならないからキレているだけだろうが。
話すたびにイライラするなぁ、このババア・・・

「大体深夜遊ぶって、あなたの家で一体何をして遊ぶんですか?

「一緒にインターネットとかゲームとかですけど。」

さすがに相手の親に、エッチをやってますなんて言えないわな。
例え未成年じゃないとしても。

「嘘ばっかり。
女が男の部屋に行くのだから、やらしいことをしない訳ないでしょう。」

こいつは男に何か恨みでもあるのか?
なんでエロいことをやると決めつけられなきゃいけないんだよ。
いや、実際やっているんけどさ。
でもいきなり決め付けられるのは気に食わん・・・

「してないです。」

「いいのよ、正直に言って。私には分かるから。」

一体テメェにオレの何が分かるんだっつうの!!
そんなこと言って、オレが言うとでも思っているのか?

「してないものは、してないとしか言えませんが?」

「ふぅ・・・まぁいいわ。」

オレが絶対に正直に言わないと察し、ババアは少し考える。

「あなただって知っているでしょう?
あの子が今までたくさんの人と付き合ってきたことを。」

「知ってます。」

「私はいつも心配なのよ。
毎月ちゃんと生理が来ているかとかね。
お互いちゃんと好きなら、付き合うことは良いことだと思う。
お互いまだ若いし、やらしいことをしたいっていう気持ちも分かる。
でもね、節操って大事だと思うのよ。」

「・・・・・」

「あなた達の年齢で、もし子供でも出来たら大変よ?
まだ将来どうなるかわからないんだし。すぐ別れるかもしれないでしょ?」

「実際何もしていないので、何とも言えませんが。」

「そうね、そういうことにしておくわ。」

自分が若い時代エッチというものを経験してないんだろ?
てっとり早い話、娘に嫉妬しているだけじゃねぇか。

「付き合っていることに対しては文句を言いません。
ただ今日私が言いたかったのは、やっぱり深夜は危ないから遊ぶのは止めて欲しい。
まだあなた達は未成年じゃないとは言え、親の世話になっている身でしょう?
だったら親に心配を掛けないで言うことを聞いて欲しいの。
あなたのご両親だって心配するかもしれないでしょう?」

この人の言い分も最もであることも確かだ。
親からしたら、娘が深夜フラフラするのは心配だってのも分かる。
この話題に関しては、オレは謝る他無かった。

「分かりました。深夜遊んだのは僕が悪かったです。
すいませんでした。」

「いいのよ。どうせウチの娘から遊びたいって言い出したんでしょう?」

「いえ、そんなことは・・・」

「分かっているから。
あの子は昔からそうだったのよ。
中学から高校二年生までだったかしら?ボランティア団体に入っていてね。
そこで何人もの、年上の方達と付き合っていたの。
綾音は中学生、向こうは大人・・・
もちろん、うまく行くはずもなくすぐ別れるんだけどね。
でも別れたらすぐまた別の方と、その方と別れたらまたすぐ別の方と・・・」

「・・・・・」

「よく深夜家を抜け出してね。
本当にほぼ毎日だったもんだから、あたしは携帯を勝手に見たのよ。
そうしたら綾音の方から深夜遊びたいっていうメールが何通も・・・」

綾音が昔たくさんの男と付き合っていたのは既に知っていた。
だが一体どこで年上の男と知り合ったかなんて詳しくは聞いていなかった。
今初めて知った。そこで男と知り合っていたなんて・・・

ボランティア団体・・・
ボランティア団体ってあのボランティアか?
そこらへんで募金したりとかそういうやつか?
そこで何人もの年上の彼氏だと?

おかしい・・・
いや、おかしいだろ、常識的に考えてさ。
ボランティア団体ってのはよく分からんが、人のために無償で働くってものだろ?
なのに男女の出会いの場となっていたってことか?
しかも人のために働くはずの男が、中学生、高校生を食っていただと?
ボランティアって、オッサンが未成年の女を食える場所なのかよ!?
幼い少女がオッサン達にボランティアする場所なのかよ!?
おかしい・・・おかしいよ・・・

「・・・だからどうせ今回も綾音の方から誘ったんじゃないかって。」

「いえ・・・僕から誘いました。」

「あなたがそう言うならいいわ・・・
もうちょっと正直になった方が良いわよ?
庇ってばかりだと、あなたがダメになっちゃう。」

「・・・・・」

「とにかく、これからも娘をよろしくね。
あの子は癇癪持ちで、よく暴走もするから苦労するかもしれないけれど・・・」

「はい・・・」

「今日はいきなりお店に来ちゃってごめんなさいね。
あと綾音も今お店にいるのよね?」

「はい、そうです。呼んで来ましょうか?」

「じゃあお願いするわ。ごめんなさいね。」

この人は・・・

何だかんだ言っても親である以上、本当に娘が心配なのか。
やり方はああでも、本当は娘思いなのかしれない・・・

だがオレからも色々この人に言いたいことはあった。
この人が全面的に正しいとは思わないからだ。
綾音に冷たく接したりとか、暴力振るったりとか・・・
言うつもりだったんだ。
言うつもりだったんだけど・・・

言えなかった。
オレがヘタレだっていうのもある。
だがオレはあまりに衝撃的な綾音の過去を知ってしまって・・・
それが気になって文句どころじゃなかった。

ボランティアの男とか・・・
昔から深夜遊んでいたとか・・・
すごく何ていうか・・・心が痛いというか・・・
気にしないように考えていたはいたが、
今日断片的に綾音の過去を知るようになって、余計気になった・・・
今まで綾音がどんな恋愛をしてきたのかが・・・

「綾音・・・」

「あ・・・」

休憩室にはまだ合田や高野、そして綾音の隣には新美がいた。
綾音は新美に慰めてもらっていたのだろうか。
新美には本当に世話になってばかりだな。
新美はとにかく、合田や高野はさっさと帰れよ・・・
いつもいつもバイトが終わった後もダラダラ休憩室に残ってさぁ・・・
さっさと帰ってオナニーでもしてろっつうの。

「お母さんが呼んでるよ。」

「うん、わかった・・・
めぐ、ありがとね。」

「いいよ、綾もちゃんと謝っておきなよ?」

「うん・・・」

オレ達は一緒に休憩室から出る。
休憩室から出る際、高野と合田から一体どんな視線を浴びていたのか・・・
振り返って見た訳じゃないが、好奇の目で見られているのだろう。
笑いたきゃ笑えばいい・・・

「あの・・・」

「ん?」

「あたしのせいでごめん・・・
彰にすごく迷惑掛けちゃった・・・」

「いいよ・・・
それより、もう深夜遊ぶのはダメだからな。」

「そうだね・・・ごめんなさい・・・」

「でもさ、確かにオレも怒られたけどさ。
付き合うことに関しては構わないって言われたよ。」

「そうなの・・・?」

「ああ、一応。
オマエのお母さんに認められただけでも良かっただろ?」

「うん、そうだね・・・」

「だから元気出せよ・・・」

「うん・・・ありがとね。」

やっと笑った・・・
オマエには泣いている顔より、笑っている顔が一番似合う・・・
なんてドラマやゲームのような台詞が頭をよぎる。
こんな臭い台詞言える訳ないけどな。

しかし・・・
オレは聞きたい・・・
過去のことを詳しく・・・
やっぱり知りたいよ、自分の彼女の過去は・・・
それがどんな辛い過去で、オレにとってマイナスでしかなくても。
せっかく泣き止んだばかりの綾音に、今日聞く訳にはいかないが・・・
近いうちに必ず聞いてみせる。

「お母さん・・・」

「まったくアンタはお店にも叶野君にも迷惑掛けて・・・」

「ごめんなさい・・・」

「叶野君にもちゃんと謝ったの?」

「謝ったよ・・・」

「たく・・・
叶野君、本当にごめんなさいね。」

「いえ、僕のほうこそ・・・」

「さっきも言った通り、付き合うことに関しては文句は無いからね。
深夜遊ぶとか止めて、最低限の節操を持って欲しいってだけで。」

「はい・・・」

「じゃあ私達は帰るわね。
もう夜遅いし、ご両親も心配しているでしょう?
叶野君も早くお家に帰りなさい。」

「はい、それでは・・・」

「じゃあね、彰・・・」

綾音は母親と一緒に帰宅する。
最後の綾音の顔が悲しげだったのは気のせいか?

しかし・・・
やっと終わった・・・

綾音に告白するときと同じくらい緊張したな・・・
相手の母親と話するのは辛い・・・

オレが話した感じ、そんな悪い人でも無いかもしれないが、
ハッキリ言ってオレの苦手なタイプだ、ああいう古い考えの持ち主は・・・

とにかく疲れたし、家帰るか・・・
色々考えることもあるけど、今はゆっくり休みたいよ・・・

オレは駐輪場に向かう。
だが、そこには・・・

「お疲れ様。」

「なんで!?」

そこには優がいた。
何故?こいつが来たのって昼だぞ?
今は22時半をとっくに過ぎている。
もしかして、おかわり自由ドリンクで何時間も粘っていたとか?
いや、さすがに有り得ねぇ・・・

「途中から見てたんだけど・・・
あの子は新しい彼女?」

「あ、うん。そうだけど・・・」

「背が小さくて可愛らしい子だね。
男の人が守ってあげたくなるような?」

「そう、かな・・・?」

「でも彰、あの子のお母さんかな?
に最初怒られていたよね?」

「まぁ・・・色々ありまして・・・」

「そう・・・大変だったんだね。」

「ホントに大変だった・・・」

前の彼女に、今の彼女を見られてしまった。
非常に気まずい・・・
しかも色々聞かれてるし・・・
早くこの状況から抜け出したい・・・

「私の家ね、この近くだけど。寄ってく?」

「は?」

「せっかく会ったんだし、色々聞かせてよ。」

「なんで・・・?」

「気になるから・・・かな?
色々悩みもあるんでしょ?聞いてあげるよ。」

「・・・・・」

「嫌?」

なんで今更オレのことを聞きたいのか?
オレには桜井綾音という彼女がいる。
咲崎優は過去の、既に終わった彼女だ。
なのに、その終わった彼女の家に行くだなんて・・・
それは綾音に対しての裏切りになる、ダメだ。

ダメなのに・・・

そうだ、この優しい顔・・・
この顔を見てしまうとオレには断ることが出来ない。
今更、優の優しさに甘えるだなんて・・・

「じゃあ、行く・・・」

「うん。暖かい飲み物だってあるから。」

ただ家に行くだけだし、何もしない。
家に行くだけなら・・・

ごめん、綾音・・・


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