第二十八話
来訪者



「叶野さん、どしたんすか?」

「え?何が?」

「キッチンに戻ってから、ずっとぼーっとしてますよね?」

「そうか?」

「慣れないフロアで疲れたとか?」

「まぁ・・・そんなとこかな。」

今の時刻は20時。
夜のピークも過ぎたところだ。

「やっぱオレはキッチンが合ってるよ。」

昼に前の彼女である、咲崎優が来た。
オレがたまたまフロアをやっているという、タイミングが悪いときに。
しかも注文を取ったのも、料理を運んだのもオレだ。
おかげで昔の嫌なことを思い出してしまったよ・・・
優も嫌なことを思い出してるんだろうな・・・
フロアなんかやらなきゃよかった・・・

「ムカツク客とかいそうですもんね。
ただでさえ、ファミレスに来る客なんてバカそうな奴ばっかですし。」

「オマエの言うことももっともだが、
あんま店内ではそういうこと言わないほうがいいぞ。
客に聞こえたら面倒だし。」

「おおっと・・・」

「まぁ、アレだ。
二度とフロアはやりたくないと思ったね。」

「オレも絶対やりたくないすね。」

「次に店長から頼まれたら、今度は袴田行けよ。」

「マジすか・・・」

「オレやりたくねぇもん。
さ、疲れたしちょっと5分くらい休憩するかな。
溜まってる洗物、頑張ってね〜。」

「え〜、そりゃないっすよぉ・・・」

ピークが終わって、今店長は深夜営業のために車で寝ている。
だからサボっても問題無いだろ。

「ふぅぅぅぅ・・・」

オレは休憩室でタバコをふかす。
タバコを吸い始めたのはつい最近。
専門学校へ行くと、みんな未成年のはずなのに意外に吸っている人が多いのだ。
みんなに合わせるって訳じゃないが、新美のタバコを吸って以来、興味があった。
だからオレはタバコを吸うようになったのだ。軽いタバコだけど。
しかも、あんまり肺に入れることは無く、口に入れて吐くだけの金魚だけどね・・・
それでも、おいしく感じるし、吸いたいって思うことが多い。
確か肺に入れなくても、口の中からニコチンは摂取されるらしい。
吸いたいって思うのは、ちょっとしたニコチン中毒か。
結構タバコは金銭的にも痛いけどね・・・

しかし、優がここに来たってことは、
あいつ近くに引っ越したのか?
優はオレより年齢が二つ上だ。
高校卒業後、専門学校とか短大とか行ってたなら、もう今は社会人だよな。
もしかしたら会社がこの辺で、家もこの辺ってことなのかなぁ。
嫌だなぁ・・・そしたら、これからも会う可能性があるってことじゃないか・・・
向こうも前の彼氏に会いたいなんて思ってないだろうから、
もうガーデンには来ないとは思うが・・・

タバコをふかしながら、そんなことを考えていると、
更衣室の扉が開く。てっきり休憩室にはオレ一人だけかと思った。

「あ、彰おつかれ〜」

更衣室から出てきたのは、オレの彼女である綾音だった。

「あれ?今日オマエ20時までだっけ。」

「そうだよ。彰は今日何時まで?」

「オレは22時までだよ。今日昼前から出勤してたしね。
だから深夜は無し。」

「そうなんだ。じゃあ終わったらメールしてね?」

「おう。」

「彰がバイトしててメールも電話も出来ないとき、
かなり寂しいんだからね・・・?」

「ちゃんと終わったらたくさんメールするから。」

オレは綾音の頭を撫でる。
撫でると綾音は嬉しそうに微笑む。
この笑顔がすごく可愛い・・・
オレには今、こんな可愛い彼女がいるんだ。
今更、前の彼女で悩んだって・・・

「じゃあお別れのチューして。」

「ここで・・・?」

「今あたし達二人だけだよ。」

まぁ確かにそうだが、ガーデン内でするのは緊張するな・・・
と思いつつもするんだけどね。
オレだってしたいし。

「ん・・・」

「満足?」

「うん。
でもタバコ臭いなぁ・・・」

「あ〜、ごめん。」

「めぐも吸ってるし、タバコの匂いは慣れてるけど・・・
でもチューするときはやっぱり嫌かなぁ。」

「許しての揉み揉み。」

「ちょっ、どこ触ってんの!!」

「いや、久々の感触をと・・・」

「彰、欲求不満なの?」

「男ですから、ちょっとは・・・」

「じゃあ・・・今日の夜、彰の家に行っていい?」

「また?」

「ほら、明日も二人バイトだし・・・
あたしだってさ、その・・・ねぇ?」

「オマエもしたいのか。」

「あたしだって、したくなるよ。
じゃあまた時間とかはメールするね。」

「おう、分かった。じゃあな。」

「うん。じゃあね〜。」

「・・・・・・」

綾音とちゃんと付き合うことになって分かったことがある。
綾音はかなりエッチな子だということが・・・
高校卒業してからは、頻繁に深夜オレの家に来てエッチをするようになった。
エッチが目的で家に来るってわけじゃなく、遊びに行きたいって言って来るのだが。
結局毎回エッチをすることになる。
オレから誘うこともあるが、ほとんどは綾音から誘ってくるのだ。
エッチな子は嫌いじゃない。いや、男だし、エッチな子はむしろ大好きだ。

だが不安になることもある。
今まで何度も綾音とエッチはしてきたが、未だに一度も本番でイカせたことがない。
今まで何人もの年上の男達と付き合ってきて、
彼等に比べればオレとのエッチは物足りないのだろうか?
だから必要以上にエッチを求めるのか?
聞きたくても聞けない・・・聞くのが怖い・・・
オレ達、身体の相性良くないんじゃないか?

頑張ればいつかはイカせられる・・・
そんなことを考えてはいるが・・・
何か工夫が必要なのかもしれないな。
かといって、誰かに相談出来ることでもないし・・・
一応親友になるのかな、海道は童貞だし。
あとは田中か・・・
卒業してから連絡取ってないけど、聞いてみるのも良いかもな・・・

「ふぅぅぅ・・・」

オレは最後の一吸いを終え、タバコを消す。
さ、あとちょっと頑張るか・・・





「よし、22時だぁぁぁぁ!!
てことで袴田よ、ゴミ捨てお願いね。」

「いっつもオレじゃないすかぁぁ・・・」

「だってオレ、一応キッチンリーダーだし。」

「わかりましたよぉ・・・」

いつも通りゴミ捨ては袴田にやらせる。
よし、オレは帰るかなぁ。

「あ、叶野君・・・」

「どうしたんですか?」

また店長だった。
さっきまで車で寝ていたはずなのに、いつのまにかフロアやってたんだな。
まさか、またオレにフロアやらせる気か・・・?
もしそうなら、今度はバカマダにやらせるよう言うか。

だが店長のこの表情、少し困ったような、焦っているような・・・
またフロアをやらせる・・・って雰囲気じゃないな。

「叶野君さ、桜井さんと何かあった?」

「え?何でですか?」

何故そんなことを聞くんだ?
オレと桜井の関係がバレたか?
いや、バレて困るようなことじゃないが、この店長の表情は一体・・・

「いやね、今桜井さんのお母さんが来ててさ・・・」

「は?綾、桜井のお母さんですか。」

「そう。叶野君と話がしたいから、出してくれってさ・・・」

「はぁ?意味が・・・わからないんですけど・・・」

「僕だってわかんないよ・・・
とにかく、ちゃんと話してやってよ・・・」

「はぁ・・・」

「桜井さんのお母さんは結構うるさ・・いや、娘が心配なのかな。
よくこの店にも苦情言ってくるのよ。」

「苦情、ですか。」

「うん。桜井さんの帰りが少し遅いだけで、すぐウチに電話掛けてくるんだよ・・・」

「・・・・・」

あのババアならやりそうだな、確かに・・・
いつだったか、綾音を家まで送ったとき、家の前で叱られてるのを見たことがある。
それに、あのババアは綾音のことを嫌っているとか綾音が言ってたしな・・・
恐らく、オレが綾音と付き合ってるのがバレ、それが気に食わないとかか?
まったく、とんだクレーマーババアだよ・・・
自分が若いときモテなかったからって、自分の娘にジェラシーかっつうの・・・
自分の母親を見て来て分かる。
女というのは年を取るにつれ、ヒステリー差が増すということを。

「いつも対応に困るんだけどね・・・
何をしたのかは知らないけど、相手を怒らせないように気を付けてね。」

「はい・・・わかりました。
どうもすいませんでした・・・
着替えてから行くんで、それまで待っててもらえるよう言っておいてくれませんか?」

「わかった。あんまり遅くならないようにね。」

店長も、あまり店に問題を持ち込みたくないんだろう。
オレ達だけで解決してくれって感じだ。
まぁ、当然といっちゃ当然なんだけどね。
はぁ・・・憂鬱だ・・・

オレはすぐ休憩室に行く。
早く着替えて行ってやらないと、うるさそうだな・・・

休憩室の扉を開けると、
そこには高野や合田、新美といった22時上がり、または休憩中のメンバーがいた。
そしてもう一人・・・

「綾、音・・・?」

何故か休憩室には、既に帰ったはずの綾音がいた。
しかも・・・泣いている?

「う・・・あき、らぁ・・・」

オレを見た途端、オレに抱きつく。
一体何が?こいつの母親が来たことに関係があるのか?

休憩室には、高野や合田、新美がいたが今はどうでもいい。
オレ達がどんな目で見られていようが、今は綾音だ。

「何があった?
オマエのお母さんがオレに用があるって、店に来たみたいだが。」

「あたしがご飯食べてるときに・・・携帯見られてて・・・」

「勝手に?」

「うん・・・
だから彰のこととか、深夜遊んでることがバレて・・・」

「だからお母さんが店に来たのか・・・」

「お母さんすごく怒ってて、殴られたりしたけど・・・
お母さん、彰に何するか・・・」

例え娘だろうと、勝手に携帯見るとか・・・
ヒステリー起こして殴るとか・・・
親としてクズ以外の何者でもない。
もし綾音と同じようにオレに手を出そうものなら、やってやるよ。
オレが逆に徹底的に殴り返してやるよ。
例え綾音の親だろうが関係ない。

「大丈夫・・・今すぐ着替えて、お母さんと話してくるから。
オマエは何も心配するな。」

「ほん、と・・にごめん、なさい・・・
あたしのせいで・・・」

「いいよ、大丈夫だから。」

綾音を泣かした・・・
自分の彼女が辛い目に合うのが、自分にとってこんなに辛いなんて・・・

オレは絶対にあのババアを許さない。





「店長、桜井のお母さんどこ行きました?」

「あ、叶野君。駐車場で待ってるって言ってたよ。」

「わかりました。ありがとうございます。」

オレはすぐ駐車場に向かう。
アイツの顔をハッキリ見たわけでは無いので、顔は覚えていない。
でもヒステリー起こしそうなババアなんてすぐ見れば分かる。

駐車場内を見渡す。
ほら、いた・・・
いかにも、って顔だろ。アレ。

「あなたが叶野君?」

「そうですが。」

向こうの目はいかにもキレてますって感じだ。
最初に声を掛けたのは向こう。キレたような声で叶野かどうかを確認する。
だからこっちも不機嫌な声で答える。

来るなら来てみろよ、ババアが・・・


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