第二十四話
桜井の気持ち、オレの気持ち



今、桜井は何故かオレの部屋にいる。

『あると思います!!』

観客が一斉に大爆笑する。

「・・・・・」

・・・?
あれ、今の笑えるとこなのか?

てか、オレは何故二人で深夜のお笑い番組を観ているんだ。
桜井はお笑い番組が好きらしいが。
オレはお笑い番組のどこが面白いかわからない人間なので、
こういう番組を観ているのが苦痛なわけで・・・

「叶野君、こういうお笑い嫌い?」

「あんまり好きじゃないかな。」

前もこういうシチュエーションあったよな。
確かクリスマスイブに・・・
でもあのときはベッドで二人寄り添っていたが、今日は違う。
オレはベッドの前の座椅子、桜井は少し離れてベッドにもたれている。
まぁ今は付き合ってないし、離れるのは当然だが・・・
じゃあ一体何のために来たんだよ。

「あ。」

「どうしたの?」

桜井から借りた小説を、新美から返してもらうようお願いするつもりだったが、
すっかり新美に渡すのを忘れていたのを思い出した。
でも丁度桜井がいるし、直接返すか。

「桜井、借りた小説返すよ。」

「え?ああ・・・そうだったね。」

「返すの遅れてごめん。」

「いいよ、あたしも忘れていたし。」

思ったんだが、もしかして小説を返してもらいに来たんじゃないのか?
それ以外の理由なんて・・・ないよなぁ。

「これ、面白かった?」

「女の子からしたら面白いかもしれんけど、
男のオレからしたら微妙かな・・・
面白いっていう男もいるかもしれんけど。」

「主人公女の子だしね。
男の子は感情移入できないからかな。」

「かなぁ。
何より、ヒロインが援交とか、妊娠とか・・・
あぁ、あと彼氏が不良系とか、病死とか、そういうのがオレはダメだね。」

「そうなの?ありきたりだからかな。」

一番嫌な理由は、こういう女が読む小説の女主人公って、
大抵ビッチじゃん。男が読んでも面白い訳ねぇだろ。
っていう本音は言えないけど。
せっかく貸してくれたんだしね。

それからは会話がまったく無かった。
やはり別れた相手なのがあり、かなり気まずい。

「今日は小説を返してもらいに来たんでしょ?」

オレは今日来た理由を聞く。
気まずいんだし、用が終わったならさっさと帰れよ。
そう言いたいわけだ。
だが・・・

「違うよ。」

「違うの?」

違う?
何故?
小説を返してもらいにきたんじゃないなら、一体何?
今更、別れた彼氏に一体何の御用でしょうか?

「あのさ・・・
オレって、オマエにフラれたわけじゃん?」

「うん・・・」

桜井が来て30分くらい経つが、
お互いその話題には一切触れなかった。
だが、オレは触れる。
いいかげんはっきりさせたいからだ。

「一体今日は何しに来たの?」

「・・・・・」

「黙ってちゃわかんないよ。」

オレの言い方が、怒っているように聞こえたのか、桜井は黙ったままだ。
だが今更こいつに気を遣う必要もないだろ。
もう彼女でもなんでもないんだし。

「ねぇ・・・
オマエはさ、オレをバカにしにきたの?」

「っ、違うっ!!」

「じゃあ何だよ、一体・・・」

オレは正直かなりイライラしている。
一体何しに来たのかハッキリしないし、
別れた女とのんびりテレビなんか観てることにも腹が立つ。

「あの・・・」

「ん?」

桜井は鞄の中から何か取り出す。

「これ・・・日付変わっちゃったけど・・・」

それはリボンが付いた小さなピンクの紙袋だった。

「なに?これ・・・」

「チョコ・・・」

「なんでオレに?」

「だって・・・」

「だって?」

「・・・・・」

まただんまりかよ・・・
しかしチョコだなんて、一体何故に?
新美と食べたチョコと比べて、ラッピングが地味だし。
これは義理?哀れみ?

「あたし今日、合田さんに言ってきた・・・」

「は?何を?」

「好きでした、って。」

「そうなんだ。
で、それとこれ、どう関係があるの?」

「合田さんに伝えたっていうのは、
昔は好きだったけど、今は違うって意味で・・・
これはあくまでも、あたしのケジメみたいなもので・・・」

「ケジメ?
あのさ、よく話がわかんないんだが・・・」

一体、この女は何が言いたいんだ?
っとに女はわからん・・・

「もうあたしは合田さんのことは何とも思ってないの。」

「合田、さんにフラれたってことか?」

「違う!!ちゃんと話を聞いてよ・・・
叶野君が嫌な思いしたっていうのはわかるよ?
だけど今はあたしの話を聞いて・・・お願いだから。」

「わかった・・・」

なんでオレが怒られなくちゃいけないんだ・・・
オレが嫌な思いをしたって分かってるんなら、もうオレに関わるなよ・・・
バイト先で、自分をフッた女が他の男と喋る姿を
目の前で見させられるオレの気持ちが分かるのかオマエに?
新美に相談するまで、一体オレがどんな気持ちでいたかなんて・・・

「あのときだって、
叶野君のことが嫌いだったわけじゃない・・・」

「じゃあなんで?」

「あのとき言ったよね?
中途半端な気持ちのままじゃ、って・・・」

「ああ。」

「あたしは今まで、軽い気持ちで色んな男の人と付き合ってきた。
告白するのは全部あたしで、男の人だって簡単にOKしてくれた。
それでいつも相手に浮気されたり、別れようって言うのはいつも向こうだった・・・」

「そんな嫌なら最初から付き合わなきゃいいじゃん。
オレから言わせれば、オマエが軽い気持ちなら、男だって軽い気持ちだろ。
20代の男だって、簡単に中学生、高校生とヤレるんならOKするに決まってるじゃねぇか。」

今日のオレはいつにも増して毒舌だった。
オレだって、オマエに言いたい文句はたくさんある。

「分かってるよ、それは・・・
でもそのときの、あたしはダメだったの・・・」

「何がダメなんだよ。」

「家にいてもお母さんは弟ばっかりで、
あたしにはすごく冷たい・・・お父さんはお母さんに弱いし、
家にあたしの居場所なんて無いように思えた。
一人でいることがすごく寂しくて、誰かに甘えたくて・・・」

「は?だから男に媚びたってのか?アホらし。」

「今のあたしだったら、あのときはホントにバカだったと思うよ・・・
酷い別れ方して、結局男の人はヤリたいだけなんだって思っても、
また男の人を好きになっちゃう・・・それの繰り返しだった。
男の人とたくさん付き合って、お母さんに男好きって言われたこともあった。」

「でも、オレはオマエに最初フラれたよな。
男好きでも、誰でも良いってわけじゃないんだな。」

「あのときは合田さんが好きだったから・・・
でも、それから叶野君が好きになったから付き合ったんだよ?」

「ああ。でも更にそれからオレはフラれただろ?」

「付き合ってみて、叶野君は好きだったけど、
まだ合田さんが好きだっていう気持ちはあった・・・
結局、自分であたしは男好きなのかなって思った。」

「実際そうなんだろが。
だからオレみたいなガキより、甘えさせてくれる年上なんだろ?」

「そう思われるって分かってた・・・
でも今は違うから。今は叶野君がちゃんと好きだから・・・
好きなのは叶野君だけだから・・・」

「え?」

「叶野君に、初めて男の人から好きって言われてすごく嬉しかった・・・
あたしだって叶野君といたかった・・・
でも叶野君の気持ちに応えるためには今のままじゃダメで、
男好きな自分を変えたくて、ちゃんと叶野君だけを好きな状態にしたくて・・・
だから合田さんに好きでしたって伝えたのは、あたしなりのケジメなの。
合田さんを好きだっていう気持ちを終わらせるための・・・」

「そんなこと、言われても・・・」

「分かってるよ・・・
あたしのこと、酷い女だって思ってるって。
こんな軽い女は嫌だってのも・・・」

「そんな・・・」

「ほんとはちゃんと14日に渡したかったんだけどね、これ。
汚いけど手作りなんだよ、これ。」

「・・・・・」

「頑張って作ったから・・・
これが今のあたしの気持ちだから・・・
叶野君が好きじゃなくても、あたしは好きだから・・・」

桜井は鞄を持って立ち上がる。

やばい・・・泣きそうだオレ・・・

「今日来た理由は、叶野君に好きだっていう気持ちを伝えるのと、
あのときのことを謝りたかったから。
ごめんね、今まで叶野君を嫌な思いにさせて・・・」

桜井は部屋のドアノブに手を触れる。

「それだけ、だから・・・
今日はごめんね、こんな夜遅くに。
叶野君が嫌なら、あたしバイト辞めるから・・・」

桜井が行ってしまう・・・
オレは・・・いいのかこれで・・・
今までがどうであれ、桜井はオレのことを好きだって・・・
だったらオレは一体どうすれば?
オレは桜井が・・・
処女かどうかなんて、付き合った男の数がどうかなんて・・・
桜井は昔を後悔しているなら・・・
誰かに甘えたい、人の温もりを求めているなら・・・
今までのヤリたいだけの気持ちで桜井を弄んだ男じゃなく、オレなら・・・

オレだったらっ・・・!!

「待て・・・よ。」

「え?」

「オマエ、自分が言いたいことだけ言ってさ、
オレの気持ち、聞いてないじゃん。」

恥ずかしいことに、オレは少し目が潤んでいるため、
桜井に正面から言うことは出来ないが・・・

「だって・・・こんな女嫌でしょ?」

「オレだってっ・・・」

桜井には見えてないだろうけど、涙が少し流れる。
声なんて明らかに震えている。
頑張れよオレ・・・ちゃんと言うんだろ?桜井に・・・

「オマエがさ・・・」

言葉がうまく出ない・・・
桜井はちゃんと静かに聞いてくれているんだ。
声が震えても、涙が出ても、ちゃんと言うんだ。

「オレだってオマエが好き、っだから・・・」

オレは言った。ちゃんと・・・
桜井だって頑張って言ってくれた。
オレだって頑張って言った・・・

「う、ぅ・・・」

顔を正面に向けられないからよくわからないが、
桜井、何か言ってる?

「う、わぁぁっ・・!!」

「うわっ!!」

桜井はいきなりオレに抱きついて来た。
しかも桜井だって泣いている・・・

「こんな、こんな女なのに・・・っ
嫌われてもおかしくないのにっ!!」

オレは静かに抱きしめた。
腕の中で泣きじゃくる小さな桜井を・・・
何故か、オレも今まで溜めてたもの、涙が一気に溢れ出した。
桜井の気持ちが嬉しくて、すごく嬉しかったから・・・

「もう一、度・・・あたしと付き合ってくれるの?」

悩むまでもない。
オレの答えはもう決まっているんだから・・・

「あたりまえじゃん。」

オレの言葉に、桜井はまた声を出して泣き出す。
オレは桜井が好きだ・・・
だから絶対にこいつを不安にさせたりしない。
今までの男の方が年上でカッコよくて、車だって持ってても、
オレはそいつらに負けないくらい桜井が好きだから・・・


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