第二十三話
バレンタインの夜に



「お邪魔しま〜す。」

「いいから早く用済ませてくれ。」

「叶野っち冷たい〜」

「マジで風邪なんだってばオレ・・・」

「はいはい、あそこトイレだよね?
じゃあ貸してもらうね〜。」

「あいよ。」

新美はトイレに入る。
オレは部屋で待つか・・・
トイレの前で終わるの待つのもアレだしな。

「ふぅ・・・」

オレは電気ストーブを付け、目の前に座る。
さすがに寒いな・・・
これで風邪悪化したらどうしよ・・・

まったく今年のバレンタインは最悪だな・・・
まぁ、毎年誰からも貰えないし、一緒か。
女の子と会話出来るだけ良いと思わないとな。

「おまたせ〜」

「終わったか。用事は済んだし、もう帰るだろ?」

「え〜。
せっかく女の子が来たってのに、冷たいねホント。」

「ずっと外にいたし、オレの身体は冷たいよ、そりゃ。」

「あたしも冷たいよ。
あたしも暖房の前で温まりたい。」

「わがままだなぁ・・・」

オレ達二人はしばらく暖房の前でテレビを観ながら温まる。
なんだか変な感じだ。
これじゃまるで恋人のような!?
・・・ありえんってば。

「そいやさ、叶野っちってさ。」

「ん?」

「バイト来るときによく音楽聴いてるじゃん?」

「ああ、そうだね。」

「普段何聴いてるの?」

エロゲ、アニメソングを・・・
なんて正直に言えるはずもなく・・・

「あんま有名じゃない人の曲。」

「そうなんだ。
有名ってか、流行のアーティストの曲は聴かないの?」

「ん〜。なんか引かれるものもないしね。
みんなが聴くような曲より、オレは隠れた名曲が良いかな。」

事実、エロゲやアニメの曲は神曲ばかりだ。
今時のアーティストの曲より良い曲はたくさんある。

「へ〜。じゃあなんか聴かせてよ。」

「帰るんじゃないのかよ!?」

「いいじゃん。トイレだけ借りて帰るっていうのもあれだし。
普段どんなの聴いてるのか聴いてみたいし。」

「え〜・・・
曲探すからちょっと待って。」

オレはパソコンの中にある曲から、一般受けしそうな曲を探す。
さすがに新美に電波ソングはマズイしね・・・

「叶野っちって、ホントにパソコン使ってるんだね〜。」

「うわっ!画面は見るなよ、マジで。」

「エロいものでも見てたの?」

「まぁそんなとこかな・・・」

デスクトップ画像は普通にエロゲキャラの壁紙だから見せられるわけがない・・・
オレは新美にデスクトップを見られないよう、音楽フォルダを最大化表示にする。
さて・・・どんな曲にしようかな。
スクロールさせながら探してると、さっきまでプレイしていたゲームのOP曲が目に入った。

これはゲームもなかなか良いし、曲も雰囲気バッチリだし、これでいいか。

「オマエに合うか分からんけど。」

オレは曲を再生する。

「・・・・・」

新美は静かに曲を聴く・・・

「なんかすごい綺麗な声だし、良い曲だね。」

「そう?」

「これが最後の恋じゃない、だけど別に慣れてる訳じゃない・・・
って歌詞、なんか今のあたしにピッタリっていうか、
もしかして狙った?」

「いや、たまたまだよ。」

新美にピッタリだったのは偶然だが、
やはり何も知らない一般人でも良い曲だと思うんだな。
エロゲの曲だと知ったらどう思うかわからんが・・・
でも自分のお気に入りのエロゲソングが良い曲だと思われ、
何気に嬉しい自分がいる・・・

「あ、そうだ。」

「ん?」

新美は鞄の中を漁る。
鞄の中から出したのは・・・

「チョコ、あるから一緒に食べよ。」

「いいの?彼氏と仲直りして食べなくて。」

「いいよ。今日すぐ仲直りするとは思えないし。」

「そっか。」

新美は包装紙を破る。
包装紙も綺麗だが、中のチョコの箱も凝ったデザインだな・・・
やっぱこういうのは高いんだろうか?

「半分食べていいよ。」

「ん。ありがと。」

箱の中には、色々な形をした可愛らしいチョコがいくつもある。
これって味もそれぞれ違うのか?
オレは適当に一つ食べてみる。

「お、これは・・・」

ピーナッツぽい味がする。
なかなかうまいな、これは。

「おいしい?」

「うまいぞ。」

新美も一つ食べる。

「結構おいしいね、これ。」

「結構高かったんだろ、これ。」

「まぁそれなりに・・・
あ、音楽終わってるし、次の曲掛けてよ。」

「まだ聴きたいの?」

「うん。だって一曲しか聴いてないし。」

「はいはい。」

新美がエロゲソングに興味を持ってくれたのが嬉しかったので、
特別に他の曲も再生してやるか。
曲選ぶの面倒だし、フォルダごと再生する。
変な曲が来たら速攻変えればいいし。

音楽を聴き、二人でチョコを食べる。
生まれて初めてもらうバレンタインチョコが、こんな風になるとはね。
しかも好きじゃない女と。

「・・・・・」

でもおいしそうにチョコを食べる新美を見て、
これはこれで良いかな、と思った。
誰からも貰えないよりマシだしね。





「じゃあ、叶野っち。
今日は風邪なのにごめんね。」

「ああ。外暗いから気を付けてな。
今日はさすがに家まで送ってやるのは無理だけど。」

「今日はバイトだし、ここからガーデン近いから大丈夫だよ。
風邪なんだから、ゆっくり休んでね。」

「ああ、そうするよ。」

「それじゃ。ばいばい叶野っち。」

「ばいばい。」

・・・・・・

「はぁぁぁぁ・・・」

一気に疲れが・・・
なんか今日は色々あって疲れたよ・・・
もうすぐオカンが帰って来て晩御飯だろうし、それまで休むかな。

新美が帰ってからは、いつもの平日と変わらない時間のはずだった。
晩御飯を食べて、風呂入って、いたって平凡な夜。

だが2月14日という日はまだ終わらなかった。
それを予感させたのは、知らない番号からの一通のメール・・・

ブー、ブー、ブー・・・

「今度は圭介か?」

今のオレにメールを送る奴なんて圭介か新美くらいだ。
新美はバイトらしいし、あとは圭介しかいない。
田中と石井とは滅多にメールしないし。

「どうせ、バレンタインのチョコの自慢だろ。」

そう、圭介はルックスは良いため毎年チョコをいくつか貰う。
が、所詮友達のような関係でいつも終わってしまう。
付き合ったこともないため、もちろん童貞である。
オレは一応経験はしているため、それだけが唯一奴に勝っていた。
しかし、オレは今まで義理すらもらったことないが、
この差は一体何なんだろうね・・・

大体、所詮バレンタインなんてお菓子企業の陰謀だろ。
男はバレンタインの3倍返し?アホくさ。なんで男だけがそんな金出さなあかんのよ。
なんなら貰ったチョコと同じやつを赤く塗って、角付けて返してやろうか?
3倍のうまさかもしれんぞ?
・・・ま、モテない男の僻みだけどさ。

と、メール見なきゃな。
オレは携帯を開き、新着メールを開く。
それは見知らぬ番号からのメールだった。

『今日、叶野君の家に行きたいんだけど良いかな?』

誰からだ?
しかし番号は何か見覚えがあった。
これってもしかして、なのか?
オレは何となくそう確信した。
何故そう思ったのか、そう思いたかったのか、

相手が誰であれ、誰?と聞くのは失礼かもしれない。
だが聞きたい。確かめずにはいられない。
もしそうだったら・・・オレは一体どうするんだろう?

『ごめん。誰?』

聞いてみなければ始まらない。
今頃どんな顔して、オレからのメールを見ているのだろう?
相手からの返事はすぐに来た。

『桜井だけど・・・番号消したの?』

桜井だ・・・
もしかしたらと思ったが、やはりそうだったのか・・・
桜井と別れてから、桜井の番号、桜井とのメールは全て削除したため誰からか分からなかった。
でもなんとなくオレは桜井だと思ったんだ。
有り得ないと思いつつも、だがこれは現実・・・
正直、嬉しい気持ちが半分、あとの半分は複雑な気持ちだ。
一体何でまたオレの家に?
もうオレ達は別れたんじゃないのか?

『別れたから消したよ。
で、家に来たいって何で?』

『用があるから。
ウチの家族が寝てから行くから、深夜1時過ぎるかもしれないけど。』

『わかった。』

これ以降、桜井からの返事は無かった。
新美といい、桜井といい、
ああいう子供っぽい子は何故こんなにも強引なのか・・・
しかもOKするオレって一体・・・

深夜に別れた彼女が来る・・・
正直、期待している自分がいる。
オレのところへ戻ってくるのか?
そんな淡い期待が・・・

「てか、オレ風邪だし・・・」

さっき体温測ったときは37.2度だった。
今日の朝に比べたら、体調も大分よくなったし、大丈夫か。
1時だったら、オカンもオヤジも寝ているだろうし・・・
て、何が一体大丈夫なのか?
変なことするつもりなのかオレは・・・

時計を見ると今の時間は10時。
桜井が来るまであと3時間。
落ち着かない・・・
エロゲーの続きをやろうかと思ったが、
桜井のことを考えると・・・

やはりオレはまだ桜井のことが?
新美に相談したおかげで吹っ切れたと思ったんだけどな・・・
でも別れた男のところに来るっていうことは、
そういうこともあるかもしれない訳で・・・

結局1時になるまで、オレは布団の中でゴロゴロしているだけだった。
そして約束の1時・・・
オレの携帯のバイブが鳴る。

『深夜だからインターホン押したらいけないよね。
今、エレベーター乗ってもうすぐ6階だから、ドア開けてくれるかな。』

桜井はもうすぐそこまで来ている。
心臓の鼓動が早くなる。
これは風邪だからじゃない。
桜井と二人っきりで会えるからか・・・
あまり変に期待し過ぎると、後でショックが大きいかもしれない。
なんとか自分に落ち着くよう言い聞かせながら、オレはドアを開ける。
ドアを開けると、そこには・・・

「こんばんは。」

「ああ、こんばんは。」

反射的に挨拶を返したが、最初は誰だかわからなかった。
それもそのはず。
今日の桜井は赤渕眼鏡を掛け、更に髪が・・・

「髪、切ったんだ?」

「うん。大分切ったよ。」

肩まであった髪はバッサリ切られ、ショートヘアーだった。
正直オレは長い髪が好きだが、短い髪の桜井も可愛いかも・・・
赤渕眼鏡も何故か不思議な色気を感じる。
あぁ、いかんいかん、落ち着けオレ・・・

「えっと・・・家入る?」

「うん。お邪魔します。」

久々に桜井とまともに会話をした・・・
それだけでオレは満足な気分だ。

しかし、ただ新しい髪型を見せるために来たわけじゃない。
一体、桜井は何の目的でオレの家に来たのだろう・・・


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