第二十話
ネガティブ



「じゃあここの英文の訳を・・・よし叶野、訳してくれ。」

「・・・・・」

「せんせー、叶野寝てまーす」

「またか!!じゃあ隣の山田、訳せ。」

「・・・・・」

冬休みが終わり、学校が始まる・・・
そんなことは何でもない毎年のことなのに、今回は違った・・・
短いようで長かった冬休み。
今回の冬休みはオレにとって色々ありすぎた。

学校の授業が再開してしばらく経つっていうのに、
オレは相変わらずこんな感じだ。

進路が早いうちに決まったから、授業に対するやる気が無いっていうのもあるが、
やはり桜井のことがジワジワと来る・・・
なので今まで以上にやる気が無い。

今までは頻繁にメールがあって音を鳴らしていた携帯も、
今じゃ何の音も鳴らない。充電もしない。する必要が無い。

桜井のアドレス、電話番号、桜井とのメールも未だに消せない。
そう、別れてしばらく経っても未だに未練たらたらである。

処女じゃないと分かって、桜井と別れるか考えたときもあったが、
やはりオレはそれでも桜井が好きだったんだと思う。
フラれた今、それに気付くのも遅い話だが・・・
今更気付いたところでどうにもならない。
桜井はオレにうんざりしてフッたんだから。

出来ることなら、あの楽しかった日に戻りたい・・・
もう一度桜井とやり直したい・・・
今のオレだったら、桜井を受け入れられる気がする・・・

まぁホントに今更気付くのもね・・・





「叶野、オマエ何かあったのか?最近何かおかしいぞ。」

最近昼休み中も寝ていて飯を食わなかったので、
田中と石井とも喋らない日が続いた。
だがそんなオレが普通じゃないと思ったのか、
今日は石井と田中がオレに声を掛けて来た。

「何もないよ・・・」

こんなオレを気にしてくれる田中と石井はスゴク良い奴等だと思う。
だが今のオレは、そんな二人に対してそっけない態度を取ってしまう。

「言いたくないならもう聞かないけど・・・
でも悩みがあるならいつでも言ってな?」

田中はそう言い、自分の席に戻る。
彼女がいる田中は、うすうす気付いているんだろうな・・・
石井は納得していないような顔で席に戻る。
何か悪いことしちゃったか・・・?
いや、もういいよ・・・
何か全てが面倒臭くなってきた・・・

結局この日も、ほとんど会話すること無く終わった。
オレは家でエロゲーソングを聴きながらインターネットをする。
今日は18時からバイトがあるので、それまでの時間潰しだ。
しかも今日は開始時間も、終了時間も桜井と被っている・・・
もうホント勘弁してくれよ・・・
何でいつもいつもこう嫌なときだけ桜井と被るんだよ。
店長知ってて狙ってんのか?と思いたくなる。

いつも聴いて安らぐはずのエロゲーソングも、
今日桜井と被っているというだけで何の効果も無い。
もうこれからは桜井と会話することなんて無いんだろうな・・・
別れたんだから当然といっちゃ当然だし。

何か・・・もうバイト辞めたくなるよね。
かといって、ガーデンは結構長いし、
キッチンリーダーだから時給も上がったし、
むしろ桜井が辞めて欲しいなぁ・・・

なんてことを延々考えていたらもう時間か・・・
憂鬱だ・・・休憩室で桜井と被らないことを祈ろう。

しかし開始時間が同じなので、被らないわけがなく、
予想通り休憩室には桜井がいた。

「叶野っち、ういっす。」

「おっす。」

休憩室内には桜井、新美、あと喋ったことのないフリーター男がいた。
こいつ等含むフロアメンバーとはまったく喋る機会が無いので、名前もロクに知らない。
フロアメンバーで喋るといったら、新美くらいか。
付き合う前だったら桜井もそうだし。
あ、あと高野が気安く話し掛けて来るな。うざいだけだけど。

まぁ桜井と二人っきりじゃないだけマシといっちゃマシなんだが。
てか、告白して一回フラれたときもこんな事あったな・・・

桜井はオレを横目でチラっと見た後、フリーターと仲良く喋りだす。
なんか嫌だな・・・フラれた直後に、元彼女のこういう姿見るのは・・・

「叶野っち、なんか元気ない?風邪でも引いたの?」

「いんや、何ともないよ。」

桜井と違って、この女はいつも能天気そうだなぁ・・・
桜井と同じ元気娘って感じだが、新美は何か元ヤンのような感じ。
同級生のそういう女はかなり苦手だった。
なんか生意気っつうか、下品っつうか、結論ビッチじゃん?
オレは新美より年上からか、結構気軽に話せるけど。
こいつもオレみたいな同級生からは、そういう目で見られているのだろうか?
年が違うだけでこうも態度や考え方が変わるものなのか?
だから男と女は年が違う相手を選ぶのだろうか?
・・・オレも自分より大人である年上の女性と付き合っていたが、
確かに離れているほうが新鮮なものだと思う。

だが、桜井は・・・
中学時代に20代の男とか引いてしまう。
年が離れすぎもどうかと思うよ。しかも中学生でね。
いつものオレならビッチ認定なんだが、
やはり桜井だけはビッチと思いたくない自分がいた。

「って、聞いてる〜?」

「え?何?」

新美の話、まったく聞いてなかった・・・

「全然聞いてないじゃん!!」

「悪い悪い。で、なに?」

「綾と叶野っち、今年で高校卒業じゃん?
進路とか決まってんのかなぁって聞いたんだよ。」

「あ〜進路か。オレは決まってるよ。
コンピューター系の専門学校行くことになってる。」

「へ〜。やっぱ時代がそうだもんね。綾は?」

「あ、うん。保育系の学校に行くよ。」

「綾が保育って・・・
なんか先生っていうか、一緒に遊ぶ子供みたい〜」

「それはあたしの背が小さくて子供ぽいから?
めぐだって、あたしと背そんな変わらないじゃんかぁ!!」

背が小さくて子供ぽいけど、経験人数はかなり多いけどね。
見た目は子供、経験は大人、その名は、
・・・思うだけ空しくなる。

「いやいや、頑張って綾!!あたしは応援するよ!!」

「綾ちゃんが保育園の先生かぁ。
良いじゃん、可愛くて。俺だったら先生目当てで子供迎えに行くけど。」

「え〜。またまたぁ。」

出たよ、こういうバカで軽い男のさりげない発言。
何?気安く綾ちゃんって。こいつも年下の女が食いたいだけだろ。
桜井も桜井で、喜んでんじゃねぇよ・・・

「いやマジだってぇ。」

「・・・・・」

なんかオレだけ置いてけぼりだよな・・・
すぐ着替えてキッチン行くか・・・
はぁ・・・当分はこういう嫌な気持ちが続くってことなんだよな・・・

その日は客もまったく来ず、暇な日だった。
暇な日だからこそ、いつもはバカマダと話でもするんだが、
今日に限っていない・・・キッチンのバカマダの代わりにパートのオバチャン・・・
そしてフロアはというと・・・

「綾ちゃん今度カラオケでも行こうよ〜。」

「暇があればいいですよ。」

「あ、あたしも行きたい〜。」

「車出すで、今度行くか〜。」

向こうは三人で盛り上がってるようで・・・
結局、車持ってる年上が好きなんだろ女は。
顔、金、車が男のステータスですか。そうですか。
定職にも就けない所詮フリーターが偉そうに・・・
どうせ車も親に買ってもらって、実家暮らしのすねかじりだろ。
そりゃバイトの金全部自分の小遣いだもんな。金が有り余ってんだろ。
いいねぇ、金持ってる男はモテて。
・・・だからオレはああいう軽そうなアホ男は嫌いなんだよ。

「叶野さん、ゴミ溜まってるんで捨てて来ますね。」

「あ、はい。すんません。」

こっちはロクに喋ったことのないオバチャンと二人だし。
何でホントに今日いねぇんだよバカマダ!!
こちとら誰とも喋らず、延々フロアの楽しそうな声を聞かされてイライラしてるっつうのに。
エロゲーの発売日か!?そんなんで休むなヲタクが!!
・・・いや、オレも休むんだけどね。

しかし短い交際期間だった元彼女と、オレの嫌いな年上の男が仲良く・・・か。
桜井は合田が好きなんじゃねぇのかよ!!
年上だったら誰にでも媚売るような安い女だったのかよ!!

段々悲しみからイライラに変わってきたのかもしれない。
これはもう吹っ切れたということだろうか?
どうだろう。まだ桜井が気になることには変わりないし。

「ゴミ捨てて来ました。」

「あ、ども。ありがとうございます。」

このオバチャンと会話があったのはゴミ捨てに行く前と後だけであった。
あとは終了時間までずっと無言・・・
こんな暇な日に、オレは一体何してるんだろって気持ちになる・・・
平日はいつも18時から22時まで働いているが、
今まで4時間がこんなに長く感じたことはあっただろうか。
あぁ、早く帰ってエロゲーしてぇ・・・
いや、動画投稿サイトにある、子猫や子犬の動画で癒されるっていうのも・・・

「こんばんわー」

深夜のパート組が出勤してきたので、もう22時か・・・
長かった・・・
オバチャンがゴミ捨ててくれたし、今日はすぐ帰ろ。

「はぁ・・・」

溜息を付きながら休憩室に入ると・・・

「・・・・・」

桜井がいた。しかも一人で。
こ、これは気まず過ぎる・・・

「おつかれ。」

とりあえず声を掛ける。

「・・・おつかれ。」

行ってしまった・・・
何だあの態度は。もうオレとは話したくないってか?
そこまで嫌わなくたっていいだろうに・・・

「叶野っち、おっつー。」

「おつかれ。」

新美だった。
もう少し早く来いよオマエ・・・
おかげで、オレが気まずい思いしたじゃないかよ。

「もう綾帰っちゃったね。」

「だね。」

「・・・あのさ、違ってたらごめんなんだけど。」

「ん?」

「綾と何かあったの?」

「え?何でよ?」

「何か今日の二人見てると、おかしいっていうか、ぎこちないっていうの?」

女というのは本当に鋭い・・・
こんな能天気そうな女でもね。

「まぁ・・・」

「大体察しは付くけど、相談乗ってあげようか?」

「相談・・・オマエに?」

「誰かに話すことで、気持ちが軽くなることだってあるよ。」

「そうなのかね・・・」

「そうだよ。」

「特に隠すようなことじゃないし、別に言ってもいいんだけどね。」

「じゃあ聞いてあげるよ。
その代わり、お願いがあるんだけど・・・」

「何?」

「今日、家まで送って欲しいなぁって。
ほら、夜遅いし最近物騒だし・・・」

「いつも彼氏の山神さんに送ってもらってるじゃん。今日その人は?」

「あの人、今日大学の人と飲み会で・・・
だからお願い・・・だめ?」

「別に構わないけど。
でも彼氏はいいの?何か言ってこない?」

「あぁ、大丈夫。あの人、気にしないから。」

「そうなんだ。
でもオレ車ないから、チャリになるけど。」

「あたしだってチャリだよ。
だから全然オッケーだし、そんなん気にしないよ。」

「気にしないんだ・・・」

「叶野っち、何か色々ネガティブに考え過ぎてない?」

「ネガティブ、に?」

「そ。たぶん誰が見てもそう思うよ。」

「そうなのか・・・」

「そこらへんも、後であたしに愚痴っちゃいなよ。」

「そう、ね・・・」

オレはやはりネガティブに考え過ぎなのか?
せっかく新美が愚痴を聞いてくれるというのだから、ここは甘えさせてもらうか・・・
やっぱり悲しいもんは悲しいし、愚痴りたいって気持ちはある。
相手はオレより年下だけど・・・
でも、今まで能天気な女だと思った新美が、今日はすごく頼りがいのある子に見える・・・


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