第十八話
兆し



「ありがとうございましたぁ!」

「オーダー入りまぁす!」

「叶野君、オムライスまだなの?」

「あ〜、あと少しですんで。」

「叶野さん、すんません!!ハンバーグ抜けてました!!」

「バカマダ、何してんのぉ!!
・・・ま、いいや。ダッシュで作ってね。」

「うぃっす。」

今日は12月31日、今年最後の日である。
年末年始はガーデンも忙しく、昼くらいからずっとこんな調子だ。
ていうか、クリスマスが終わってからずっと忙しいな。

「いらっしゃいませ!!お客様、二名様ですか?」

「・・・・・」

キッチンから桜井を眺める。
そいや、クリスマスにメールしてから、まったく会話もメールもしてないな。
忙しいってのもあるが、やっぱお互い気まずいってのが、ね・・・
一応バイトが同じ日は家に送ってあげてはいるが、そのときも会話はほとんどない。

「叶野君、ハンバーグまだなの?」

「あ〜・・・それももう少しです。」

「早くしてよね、時間結構掛かってるんだし。」

「はい。」

くっそーバカマダめ・・・
オマエのせいでオレが怒られたじゃねぇか!!
・・・なんて、優しいオレは怒ったりしないけどね。

しかし忙しいからか店長もイライラ気味だ。
店長もイライラしていれば、他のメンバーももちろんイライラしている。
特に高野がそうだ。

「オマエ、12番の席、オーダー取ってねぇじゃねぇか!」

「今から行くとこじゃん!!
私に文句言う暇があるなら孝治が行ってよ!!」

イライラしている高野孝治は彼女である天野理恵に八つ当たりしている。
『今日はやけにリーダー風を吹かすじゃねぇか。』
なんて、あるアニメの名台詞が頭に浮かんだ。
あれでフロアリーダーとは笑わせてくれるぜ、マジで・・・
彼女にああいう態度する男って最低だな。

・・・ま、オレも人のこと言えないけどな。

「こんばんわー」

深夜組のパートのおばちゃん達が出勤してきた。
もう22時か。未成年は22時までだし、あがるか。

「袴田、ハンバーグ出したらあがるよ。」

「ういぃぃす。」

フロアの未成年メンバーもあがるようだ。
といってもフロアの未成年は桜井と天野の二人だけどね。

オレは休憩室に向かう。
今日も一緒に帰る予定だが、会話とか無いんだろうなぁ・・・

付き合ってるっていうのに、オレは何でこんなふうなんだろ・・・
いつまでもこんな関係まずいだろ。
かといって喧嘩してるって訳じゃないし、
どうすればいいかなんて分からない・・・

オレはホント一体どうしたいんだろうな・・・

「あ、叶野君・・・」

桜井だった。
オレはとりあえず挨拶だけする。

「おつかれ。」

「あ、うん。おつかれ・・・」

「・・・・・」

き、気まずい・・・
なんか喋ってくれよ桜井・・・

「あの、さ。
叶野君、やっぱりこの前のこと気にしているの?」

意外だった。
それは桜井から聞いてきたのだ。

「この前って、メールのこと?」

「うん・・・」

「そりゃ、ね・・・」

「でも昔のことだよ?」

「それでも気にするよ。」

「今の彼氏は叶野君だし、昔は関係無い・・・」

「関係無くはない・・・」

「そう・・・」

昔の男や、経験がどうであれ、今の彼氏は確かにオレだ。
桜井もオレを好きでいてくれていると思うよ、そりゃね・・・
でも頭で分かってはいても、簡単に割り切れるものなのか?
オレに割り切るなんてことは・・・

「今日ね、理恵ちゃんと一緒に帰ることになったんだけど・・・」

「理恵・・・あぁ、天野さんね。
いいけど、いきなりなんで?」

「今日も忙しかったじゃん?
それで高野さんに八つ当たりされて、落ち込んでいるみたいだから・・・」

「そっか。いいよ。」

「うん、ごめんね・・・」

気にいらない・・・
天野自体嫌いだっていうのもあるが、
別に落ち込んでる奴なんて放っておけばいいだろと思った。
大体、嫌ならあんな男とは別れろっつうの。
こういうのなんていうの?仲間意識っていうの?
下らねぇ・・・

「じゃあオレ先に帰るよ。」

「あ、うん。またメールしてね・・・?」

「うん。」

着替え終わったオレは一人で帰る。
何だかなオレ・・・
桜井の過去を知ってから、桜井に対して冷たくなったよな。

オレ達って、本当に付き合っているのだろうか?
なんだか最近はそれに自信が無くなってきたよ・・・

桜井も気にしてないようだが、お互い苗字で呼び合ってるし。
桜井がオレのことを名前で呼んでくれないからか、
オレも桜井のことを名前で呼び辛いし・・・
相手がしてくれないから、こっちもしないってのは
男としてズルイかもしれないけどさ・・・
それでも桜井は、オレのことは名前で呼ばないくせに、
山神のことは雄介さんって読んでるしさ。何だよオレ等、一体・・・

今まで特にお互い意識してもいない二人が、
いきなり付き合うことになり、エッチなこともして・・・
付き合うキッカケは桜井からのメールだった。
当時は舞い上がっていて深くは考えなかったが、
別に好きでもない男の家に遊びに来るってどうよ?
おかしいだろ、それ・・・
今までも、そんな軽い気持ちで男をたぶらかしていたんじゃないか?
まぁ、そんなことまで分からないけどさ・・・

・・・・・
どうもオレは一度沈むと、とことん沈んでしまうな・・・
こういうときは心のケアが必要だよな・・・





「私、この夏のこと絶対に忘れない・・・
Pureキャロットに、ありがとう・・・」

な、泣ける・・・感動した!!

家に帰ったオレは早速ゲームをする。
これが傷ついたオレの心のケアだ。
昔からそうなんだよオレは・・・

今見ているEDは、オレの中でもEDベスト3に入るEDだ。
あるファミレスでバイトする主人公とヒロイン・・・
バイトで知り合い、仲良くなり、お互い引かれていく。
主人公と付き合ったかのように見えたヒロインだったが、
ふとしたキッカケで疎遠状態になってしまう。
だがラストではちゃんと付き合うけどね。

このラストでの、ヒロインの一言・・・
ここでバイトして良かった的な台詞が良いね!!
その直後にED曲に入るのが演出的にもグッドだ!!
何度見ても感動するよ、これは!!

「・・・・・」

オレもこんな恋愛に憧れて、
ファミレスでバイト始めたんだがな・・・
その相手が処女じゃないっつうんだもんな。
しかも経験豊富なんだし。

なんだかな、今日大晦日だろ?
今年最後の日だよな。
来年で高校卒業し、専門学校に行く。
高校最後の冬がこんなんだもんな・・・
彼女がいるってのに、今年最後の日にエロゲってどうよオレ?
まぁ明日は元旦だってのにバイトあるけどさ・・・
しかも早朝から。

正月にファミレスなんて行く人なんかいねぇよ!
って思うかもしれないが、正月は地獄のように忙しい。
更に他県から来た大学生とかは地元に帰ってしまうため、
限られたメンバーで働かなければいけない。
しかもそれが、一週間程続く。
あぁ、正月のガーデンは憂鬱だ・・・

桜井からメールもねぇし、明日は早いし今日は寝るか。
前までのオレなら、寝る前におやすみメールも送るんだが・・・
ま、いいか。向こうからもメール無いし。

こちらから何も行動しなくても、向こうが行動してくれる。
オレが冷たく接しても、桜井はオレを嫌いになったりしない。
今はこんなんでも、日が経てば昔みたいに仲良くなれるかも・・・
恋人らしく接してもらうために桜井が頑張ってくれるだろう。
そんな勝手な思い込みがあった。

本当に勝手な思い込みだ・・・
自分からは何も行動せず相手任せ・・・
桜井に対して自分から行動したのは告白と、
欲望に任せてエッチしたくらいじゃないか。
しかも相手をイカせられないという最悪の結果だけど。
欠点だらけなオレ・・・
どうしても桜井が好きな年上、
昔好きだったという合田と自分を比べ、オレは彼等より見劣りしてしまう。

桜井はこんなオレをどうして好きになったんだろう・・・

前の恋愛で苦しい思いをしたはずなのに、
どうしてオレはもう一度リアルの女の子を好きになったんだろう・・・

「・・・・・」

オレ全然ケア出来てねぇ・・・
このままじゃいかん、寝よ・・・

明日オレは朝10時から14時、そして18時から22時までだ。
桜井は確か20時までだから明日も一緒に帰れないな。
少し安心のような複雑な気分・・・
そんなことを考えながらオレは眠りに入る・・・





「叶野さん、大分落ち着いてきましたね。」

「だな、もう3日だしな。」

もう1月3日ということもあり、客足は大分落ち着いてきた。
本当に今年の正月も疲れた・・・

結局正月も桜井とメールすることはほとんどなく、
しても一日数回だけの短いメール。
お互いバイトの終わる時間がズレているため、一緒に帰ることも無かったし・・・
もうすぐ22時、今日も桜井は20時あがりだからもう帰っただろうし。
もう冬休みも終わりなのに、虚しいなホント・・・

「あ、叶野さん、またアレすよ。」

「ん?」

オレは袴田が指差す方を見る。

「だからテメェはいつまで同じミスしてるんだよ!!」

あ〜あ、この前桜井に励まされたってのに、
また天野は高野にイジられてるよ。
しかも結構涙こらえてるんじゃね、アレ?
んっとに性格悪いな高野は。
そいや、天野は処女だった〜みたいなことを、休憩室で誰かに自慢してたな。
まったく天野も災難だよ。初めての彼氏があんなんだったなんて。

「School Lifeの主人公並に最低すね、あの人。」

「そうだな、あんな男はいつかぶっ刺されるな。」

「動画サイトにアップされて、
一斉に赤コメで高野ザマァwって弾幕張られますね。」

「ははは、そんときはオレもコメントするよ。
弾幕薄いぞ!!何やってんのぉ!!てね。」

さて、もう22時だし、帰るとするかな・・・
もちろん面倒くさい後始末はバカマダに任せてね。

オレはさっさと着替えを終わらせ、自転車置き場に向かう。
まだバカマダは洗い終わった食器の後片付けをしている。
いつも悪いね袴田。
そんなこと微塵も思っていないけど、一応心の中で謝っておく。

「あ・・・」

「桜井・・・?」

オレの自転車の前に何故か桜井がいた。
なんで?

「桜井、今日20時あがりじゃないの?」

「そうだけど・・・
叶野君、今日22時あがりだから来た。」

もしかして、オレと一緒に帰りたいとか?
最近疎遠状態だったから、そういう欲求不満なのか?
もしそうなら、やっぱ桜井はオレのことがそんなに好きなのかぁ、
と自惚れるね、オレってば。

「そうなんだ。でも、何でまた?」

20時あがりなのにわざわざ来た理由・・・
オレと一緒に帰りたい、たぶんそんな理由かなと思いつつも、
オレは理由を聞く。あくまでも冷静に、何も知らないフリして。

・・・いや、待てよ。
これは・・・
もしやフラグ臭がぷんぷんでは・・・?

「叶野君に・・話がある・・・」

何か、嫌な予感がするよ・・・
もう今更自分のやってきたことを後悔しても遅い。
たぶん、そういうことなんだろう、これは・・・


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