第十五話
叶野彰の歪んだ愛情



「おつかれした〜。」

キッチンに袴田の挨拶が響き渡る。
あぁ、もう22時になったんだな・・・
気付くと、深夜組のおばちゃん達が何人か出勤していた。

客がまったく来ないもんだから、袴田に終始話しかけられていたが、
オレは不機嫌に相槌を打つだけだった。
オレも帰る用意するか・・・

「叶野さん、なんか今日は疲れてるんすか?元気なさげですよ。」

「いや、大丈夫だ。」

「クリスマスイブだから元気ないんですね!?
なんなんだったら、僕のオススメゲームを」

「いらん。マジで。」

「そうすか・・・」

今はエロゲーっていう気分じゃないし。
更に言うと、人から勧められたゲームなんてやる気がおきん。

しかし、オレがこんな不機嫌だっていうのも全部桜井のせいだ。
客がいなくて暇だからといって、合田とペチャクチャしやがって・・・

休憩室に入ると、そこには合田と桜井、
そして何故か高野とその彼女の天野がいた。

「叶野、袴田おつかれ〜」

高野が陽気に挨拶をしてくる。
こんなイライラしているときに、このバカの声を聞かなきゃいけないとは・・・
ていうか、なんでこのバカップルはバイト休みなのに休憩室にいるの?
本気で頭どうかしてるんじゃない?
え、何?これはオレと袴田が彼女いないであろうと思い、見せびらかしたいの?
自慢?自慢なのこいつら?
バイト休みのくせに、わざわざ休憩室に来るくらいならテメェ等二人で出勤すればいいだろうが。

もう着替え終わった桜井は天野と、合田は高野と喋っていたみたいだ。
高野というチャラチャラした年上の男と付き合っている時点で、
天野理恵はオレにとってビッチ以外の何者でもない。
そんなビッチと仲良く喋っている桜井・・・
更に桜井に対しての不満が募る。

さっさと帰ろ・・・
せっかくのイブ気分が完全に白けてしまったよ。

オレは着替えを持って更衣室に入る。
更衣室入った後も、高野の不快な笑い声が聞こえる。
うぜぇ・・・なんで少しでもモテる男って、こうも下品な奴が多いんだ?
そんな下品な男に付く女もビッチ!!これ、オレの常識ね。
・・・合田が好きだったという時点で桜井も・・・
いや、考えたくはない・・・

そんなことを考えていたとき、オレの携帯のバイブが鳴る。
メールか?

「誰よ・・・圭介か?」

圭介だったら、今日遊ぼうぜ〜とかだろうなぁ・・・
そんな気分じゃないし断るか。

「・・・・・」

と思ったら桜井からのメールだった。
天野と喋りながらオレにメール送ったのか?

メールを見てみると・・・

『おつかれっ!!今日一緒に帰ろ〜』

「ふっ」

思わず笑ってしまったよ。
合田と仲良く喋っておいて、一緒に帰るだ?
ざけんなよ、マジで。

オレはさっさと着替えを済ませ、更衣室を出る。

「おつかれした。」

適当に挨拶を済ませ、休憩室も出る。

「あ・・・」

そんな桜井の声が聞こえたような気がする。
だがオレは構わず外に出る。

「待ってよっ!!」

桜井はすぐにオレを追いかけて来た。

「メール送ったんだけど、見てくれた・・・?」

「・・・見たけど?」

「じゃあ何ですぐ行っちゃったの?」

「一人で帰りたいから。」

「・・・なんで?
やっぱり・・・怒ってるの?」

桜井は、オレが何に対して怒っているのか気付いたのか?
てか、普通に考えれば分かるだろ?
目の前で、他の男と仲良く喋ってるのを見て、嫌な思いをしない彼氏なんかいるか?
こいつはそんな簡単なことも分からないのか?
何?こいつもビッチなの?

「あのさ、何であいつと仲良く喋ってるの?」

「ごめん・・・」

「ごめんじゃなくて。
すぐ近くにオレいるじゃん。なのに、あんな仲良くさぁ・・・」

「それは・・・向こうから話しかけられたし・・・」

「そんなの断れよ!!嫌なんだよ、他の男とイチャつかれるのはっ!!」

「ごめ・・ごめんない・・・」

つい熱くなって怒鳴ってしまった・・・
桜井の怯えた姿を見て、少し罪悪感を感じた。
まぁ実際、オレは何にも悪くないけど。
でも怯えた姿を見たら、オレの怒りは多少和らいだ。

「もういいよ・・・」

「いいの・・・?」

「今度から気を付けてよ。」

「うん・・・ちゃんと気を付ける・・・」

しばし沈黙・・・
一緒に帰るのか?一緒に帰るのは気まずいけど・・・

「じゃあ・・・今日は一人で帰る・・・
今日は本当にごめんね・・・それじゃ。」

桜井はそう呟くと、歩き始める。

・・・いや、ダメだろ。
もう夜遅いのに、一人で帰らせちゃ。

「桜井っ」

桜井はゆっくりこちらに振り返る。
そんな暗い顔するなよ・・・

「一緒に帰るか?」

「・・・いいの?」

「危ないじゃん。夜遅いのに。」

その言葉を聞いて、桜井の顔が一気に明るくなる。
小走りでオレの方に近寄って来て・・・

「ありがと、叶野君っ」

あぁ、桜井はやっぱこの笑顔が可愛い・・・
さっきまでの怒りはどこかへ、桜井がオレのことを好きでいてくれるなら・・・

「じゃあ行くか。」

「うんっ」

この笑顔がずっとオレだけに向けられるなら・・・
オレは、桜井が処女じゃなくても好きでいられるかもしれない・・・




「で、明日も二人供バイトだけど、叶野君はどうするの?」

「ん?どうするって?」

「ほら、バイトの時間、お互い18時からだし・・・
それまで遊べるけど・・・叶野君はどうかなって。」

「いいよ、明日もバイトの時間まで遊ぼうよ。
今日はイブで、明日はクリスマスなんだし。」

「いいの?」

「何?まだ気にしてんの?
もうオレは気にしてないから、桜井も気にするなよ。」

「うん・・・
じゃあ明日は何するか決めなきゃね〜」

ガーデンから桜井の家はかなり近い。
そのため、桜井はいつも徒歩で出勤する。
オレの家は距離があるため自転車だが。

とりあえずMy自転車はガーデンの駐輪場に置き、
オレは桜井を家まで送ることにした。

普通に歩けば桜井の家なんて5分も掛からないのだが、
桜井はオレとお喋りをしたいのか、少し遠回りしながらゆっくり歩く。
そんなにしてまで、オレと一緒にいたいってことなのかな?
まぁ一応彼氏だし、そういうもんなのかな?

「でね?・・・って叶野君、聞いてる?」

「ん?聞いてるよ?」

「そう?
あ、もう家だ・・・」

「だね。じゃあお母さんに見つかるとアレだし、ここでお別れかな。」

「うん・・・じゃあ、バイバイのチューして」

桜井は目を瞑り、顔をこちらに近づける。
だが桜井とオレの身長差はかなりあり、桜井が頑張って背伸びしてもオレの顔には到底届かなかった。
そのため、キスをするためにはオレがかなり体勢を低くしなければいけない。
しかし・・・背伸びをして目を瞑り、唇をこちらに向ける姿も・・・たまらん!!可愛いよ桜井・・・
サヨナラのキスって、本物の恋人同士みたいじゃん。
いいねぇ、こういうの。若い恋愛って感じで。

オレは桜井の唇にそっと自分の唇を重ねた。
今日したようなエッチなキスではなく、本当にそっと触れるだけのキス。

「ん・・・ありがと。」

「ああ。」

逆にこういう普通のキスの方が何か照れくさい。
考えてみれば、オレ達は付き合ってすぐに身体を重ねた。
こういう恋人らしいことは、そんなにしていない。
エッチも大事だけど、こういう恋人らしいことも大事だな、やっぱり。

「叶野君、また明日ね。今日は楽しかったよ。」

「おう、じゃあな。」

別れの挨拶を交わし、桜井は家へ向かっていく。
桜井の家はちょっと古そうな一軒家である。

・・・桜井に見られないように、桜井の家を近くで見てみたいな。
そう思い、オレは桜井に姿が見えないように桜井の家へ近づくことにした。
なんかストーカーぽいけど、今は気にしない。

だが、オレは後で後悔することになる・・・
今日の桜井の話から、こんなことも予想はしていたのだが・・・

どうやら桜井は裏口から家に入るみたいだ。
まぁ一軒家だとそういうもんなのか。玄関なんて客のときだけなんだろうな。

ここからじゃよく見えないので、裏口が見えるところまで移動する。
すると・・・

「あんた、こんな時間まで何やってんの!!」

「バイトじゃん!!」

「10時まででしょ!?なんでこんな遅いの!!」

そいつは、裏口の前で待ち構えていたのか。
裏口の前で桜井に対して大声で説教をしていた。
見た感じ40代後半くらいか?かなりキツそうなおばさんだ・・・
あいつが桜井の母親なのか・・・?それ以外に考えられないだろ。

あのオバサンは遅いと言うが、
遅いって言ったって22時に上がって着替えて・・・
今日は二人でお喋りしながら帰ったから、確かにいつもよりは遅いかもしれない。
だがそれでも10分とか、そのくらいだろ?
それなのに、なんであのオバサンはあんなにキレてるの?

「全然遅くないじゃんか!!」

桜井もさすがにおかしいと感じたのか、大声で言い返す。
だが・・・

「っ!!あんたいいかげんにしなさいっ!!」

それは・・・合田と仲良く話していたときより、不快に感じたかもしれない。
初めからクライマックスであったオバサンは、桜井の顔を思い切り引っ叩いた。

え?何?あのオバサン本気で頭おかしいの?
あれがよくテレビとかでやってるイライラが止まらない病気ってやつ?

引っ叩かれた後は、桜井は急に大人しくなった。
ここからじゃ桜井の顔は見えないが、たぶん泣きそうなのだろうか?

なんで少し遅くなったくらいで、あの仕打ちなのだろうか?

「・・・・・」

オレの桜井に・・・
一体貴様は今何をした?

オレは・・・本気であのオバサンに殺意が沸いた。
桜井はオレのものだ。
桜井にオレ以外の男が気軽に話し掛けるのは許せない。
だが暴力を振るうのはもっと許せない。

確かに、教育や仕付で叩くことは必要かもしれない。
今の学校ではそれが禁止されているから、子供達が調子付く。
だが、たいした理由も無いのに殴る叩くという行為は教育ではない。
それはただの暴力だ。
暴力を振るう側の自己満足、そうオナニーでしかない。

『うちのお母さんさ、あたしのこと嫌ってて、弟ばっか可愛がってるんだ・・・』

今日聞いた桜井の言葉が一瞬脳裏をよぎる。

桜井とオバサンが家に入っていく姿を見ながら考える。

恐らく今日見ただけのことじゃない。
普段から桜井は、あの母親らしきオバサンから酷い扱いをされているかもしれない。
そう思うと・・・自分の無力が悔しく思う。

オレに・・・何か出来ることはないのか?
彼氏であるオレが桜井を助けることは出来ないのか?

そうか、そうなんだ・・・オレは今初めて気が付いた。
オレは嫉妬心、独占欲がかなり強いんだと思う・・・
だから桜井に近づく男、危害を加える者がたまらなく憎い。
ギャルゲーでもよくある、これがヤンデレというものだろうか?

だがオレはそこまで桜井が好きということなんだ・・・
だからオレは何とか桜井を助けたい・・・


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