第十四話
桜井が安らげる場所に



「・・・ごめん。」

オレは桜井の顔をまともに見れず、謝ることしか出来なかった・・・
さっきまではギンギンになっていたモノも、今では萎れている。

沈黙・・・

桜井が口を開くまで何分にも長く感じた。
だが桜井から出た言葉は・・・

「いいよ、気にしないで。」

そう桜井は笑いながら言う。
オレに気を遣って・・・

「ほら、またあたし達付き合ったばっかなんだよ?
たった一回こうなったからって気にしないよ。」

前にも聞いた台詞だ・・・
あのとき優にも同じことを言われた・・・
優とも、あれだけ多く身体を重ねても本番でイカせたのは一度もない。
指でならあるのだが・・・

オレは怖いんだ・・・
またあのときのような気持ちを味わうのは・・・

「も〜。せっかくあたしたちの初めてのエッチなんだからぁ!!
いつまでもそんなに落ち込まないでってば!!」

「・・・うん。」

それに桜井をイカせられなかっただけではない。
桜井が処女では無かった・・・それもこの不安感の原因でもある。
いや、むしろそれが一番の原因か?

「風邪引くから服着よっか。」

桜井は転がっている服を手に取り、服を着る。
こんな何もなかったようなフリして、本当はオレのことを早漏とか思っているのではないか?
せっかくのイブ、初めてのエッチというのに、オレは桜井に対してそう思わざるを得なかった。

「無理・・・してない?」

「なにが?」

「イケなかったこと・・・」

「無理してないよ。」

「本当に?」

「うん。」

桜井はいつもの笑顔だ。
それが逆に信じられない・・・

「あの、さ・・・オレって結構早漏なんだ・・・」

「そうなの?」

「うん・・・こういうときに、こういう話どうかなって思うけど・・・」

オレは前の彼女とのことを話すのをためらった。
せっかくのイブにこんな話をするのはね・・・
しかし、桜井は何か気付いたようだ。

「もしかして、前カノとのときもそうだったとか?」

なかなか鋭い。
これも桜井が経験済だから、ということなのか?

「そう・・・だね。付き合った期間は長くはないけど。
でも一度もイカせられなかったんだよ・・・」

桜井は嫌な顔一つせず、オレの話を聞いてくれた。
そのときの桜井の顔はいつもの子供ぽい顔ではなく・・・
なんというか、少し大人びて見えた。

「あたしだって、今まで一度もイッたことないよ。
女の子って、実はエッチでイケる子って少ないって言うじゃん。
だから叶野君、二人で頑張ろうよ。ね?」

桜井は笑いながら言う。
桜井は経験はしているものの、今まで一度もイッたことないということか?
・・・いや、これはオレに気を遣っているということか?
わからない・・・桜井のそんな優しさが余計オレを不安にさせる・・・

「あの、さ。桜井って・・・」

「なに?」

一体今まで何人の男と付き合ったの・・・?

「いや、なんでもない・・・」

気になるが、そんなこと聞けない・・・
前の彼氏のこととか聞いて小さい男だと思われたくない・・・

でも聞きたい・・・

「変なのぉ。」

聞けない・・・
肝心なとこでオレはダメだな・・・

「バイトの時間、6時までまだ時間あるね。何しよっか?」

そういや、今日は二人ともバイトだったな。
イブとクリスマスにバイト休むバカどものせいで・・・
そのせいでオレみたいなモテない君が駆り出されるんだよ・・・
まぁ今更言ってもしょうがないし、今は彼女いるけどね。

時計見るとバイトの時間まで結構時間余ってるな・・・
この気まずい空気のまま、お喋りで時間稼ぐのも辛いけど・・・

「そいやさ、叶野君ってパソコンするんだね。」

「ん?ああ、そうだね。」

「インターネットするんだ?」

「パソコンですることといったら、大抵そうだね。」

インターネットもするけど、主にやるのはエロゲーです。
そんなこと言えないけど。

「少しやってみたいんだけど、いいかな?」

「ん・・・」

少し考える。
桜井と付き合ってからは、こういう展開も予想されたためデスクトップ画像は変えてある。
お気に入りもちゃんと整理してあるし、大丈夫か・・・

「いいよ。」

「ありがと〜。」

オレはパソコンの電源を入れる。
桜井がパソコンに興味があるなんて、意外だな。

「何か見るの?」

「ん。好きなアーティストの情報とか見たいんだけどいいかな?」

「全然いいよ。」

正直、その方がオレも気楽だし。
桜井がパソコンやってる間、オレは適当に漫画でも読んでればいいしね。

「桜井ん家ってパソコン無いの?」

「あるよ。弟のだけど。」

「弟さんいたんだ。」

「うん。今中学三年生のね。もう生意気盛りの。」

「その年代はそういうもんだよねぇ。 でも中学三年生でパソコンかぁ。まぁ今時そんなもんなのか。」

「うちのお母さんさ、あたしのこと嫌ってて、弟ばっか可愛がってるんだ・・・
それでもうすぐ高校に入るから、そのお祝いにパソコンをって。」

「・・・・・」

何か聞いちゃいけないこと聞いたか・・・?

「あたしにはパソコン一切使わせてくれないからね、お母さん。」

「・・・じゃあ、オレん家来たら好きなだけやりなよ。」

「いいの?」

「別に減るもんじゃないし。」

「ありがと・・・」

「オレは適当にしてるから、バイトの時間までだけど好きなだけやりな。」

「うん。」

桜井は椅子に座り、インターネットをし始めた。
オレはベッドに寝転がり適当な漫画でも読む。

しかし、母親は桜井のことを嫌っている・・・ね。
父親は娘を過保護なくらい可愛がり、母親は娘に辛く当たる・・・
よくありそうなことだな。

オレが思うに、今の高校生、中学生は恋愛、エッチなんて当たり前だ。
自分もエッチしておいて、正直そんな当たり前は嫌だけどな・・・
桜井の親や自分の親の世代なんていうのは、オレ等と同じ年齢のとき恋愛なんてしていないだろう。
いや恋愛はしていたかもしれんが、今の世の中みたいに性に対してオープン、乱れたりはしていないはずだ。
そんな時代の人間が、今の時代の子供達に対して不満、嫉妬があるかもしれない。
自分は子供のとき恋愛していないのに、なんで子供のオマエがしてるんだ?のような。
桜井に前彼氏がいて、それが母親にバレて、その嫉妬心から嫌ってるんじゃないか?
・・・いや、オレの勝手な思い込みだけどね。

まぁそういう深い部分は、もっと桜井と親密になってからでないとわからないし。
まだ付き合って間もないのに、そういうこと聞くのもどうかと思うしね。

それにしても、家で肩身の狭い思いをしている・・・ね。
家で自分の居場所を見出せない。一番落ち着くはずの家が落ち着かない。
もしかして桜井がいつも明るいのは、そういうところから来ているのか?
家より、外のほうが安らげるから・・・
こいつはこいつなりに、色々無理していたりしているのかもな・・・

「・・・・・」

「どうしたの、いきなり!?
後ろから抱きつくなんて・・・」

「いや、なんとなく・・・」

処女じゃない、イカせられない・・・
まだ壁はあるけれど、オレは桜井の居場所になってあげたい・・・
桜井が安心出来る場所になるように、オレがしっかりしないとな・・・





「おはよーございまーす。」

今の時間は17時40分、オレはガーデンの休憩室に入る。
休憩室の中には休憩中の合田、オレと同じように18時出勤の袴田がいた。
袴田はともかく、合田もいるのかよ・・・
テメェは休憩無しで働けっつぅの!!

「叶野さん、おはーす。」

「袴田、早いなぁ。」

「だって、クリスマスイブなんてやることないすもん。」

袴田は笑って言う。
去年までのオレなら一緒に笑ってやるんだが、今年のオレは違うぜ。

ポン
オレは袴田の肩に手を掛ける。

「な、なんすか?その顔は・・・」

「いや、なんでもない・・・
頑張れよ袴田。諦めなければ夢は叶う・・・たぶん。」

「そんな慰めはいらないですよっ!!」

「はははっ。」

いやぁ、彼女がいると気分が良いね。
彼女いない男をついつい見下してしまうよ。

その彼女はというと・・・
一緒に出勤して周りに知られるのが嫌だからってことで、
時間差で出勤することになっている。
どのみち、桜井は一度家に帰って用意をしなきゃいけなかったんだがね。

「おはようございまぁす。」

桜井が来た。
・・・て、合田がいるが、桜井はどんな反応をするんだ・・・?

「おはよー。」

これは合田の挨拶。

「おはよーす。」

これは袴田の挨拶。

袴田はともかく・・・
合田テメェ!!オレの彼女にタメ口か!!
うぜぇうぜぇ・・・!!
桜井がかつて好きだった人と思うだけで、こいつに対しては憎しみ以外の感情が沸かない。
こんな奴さっさと辞めればいいのに。

桜井は合田の方を一瞬チラっとだけ見て、
オレの近くまで来る。

「叶野君、おはよっ。」

「おはよ。」

さっきまで一緒にいて、あんなことまでしたのに、何故か照れ臭い・・・
やはりみんながいるからか、いつもの挨拶でさえ恥ずかしかった。

あぁ、こんなことがあるんだったらバイト休んでおきゃよかった・・・
オレに彼女がいないと思って毎年毎年スケジュールに入れられるんだよなぁ・・・
せっかくのイブだし、桜井とずっとイチャついていたかった・・・
オレみたいなモテない君を出勤させといて店長は休みだし。納得いかねぇぇぇぇ。

しかし、何故合田はイブなのに出勤してるんだ?
高野は天野理恵と、山神は新美めぐみと・・・こいつ彼女いないのか?
いないからイブに出勤するんだよな。
高野、山神、合田の三人は中学が同じということで仲が良い。
二人は彼女いるのにオマエはいないのかよ(笑)
悪いな、桜井はオレのものだ。
テメェはそのままいつまでも一人身でいろってぇの。

桜井が最初に休憩室内に設置されている更衣室で着替える。
そろそろ時間だし、オレもさっさと着替えて行くかな。
今休憩室内には男しかいないので、オレと袴田はその場で着替えた。

「よし、行くか袴田。」

「はい。どうせ今日も暇なんですよね〜。」

「毎年のことだしな。」

ガーデンの主な客層は家族、カップルが多い。
今日はクリスマスイブ。
家族もカップルも、こんな日に来ることはほとんどない。
毎年24日と25日は暇なのだ。

桜井が更衣室から出てくる。
うむ、ウェイトレス姿も可愛らしい・・・
といっても、ここの制服って他店と比べて地味なんだけどね。
まぁあんま派手すぎても、変な客が来るから別にいいんだけど。

そういえば今日のフロアは桜井と合田の二人か・・・
今オレ達は付き合っているんだし、合田と仲良く喋ることは無いと思うが・・・
だがオレのそんな心配は的中することになる・・・



「叶野さん、やっぱ暇ですよね・・・」

「もう7時半だってのに、客は二組だけだしな。」

毎年のことながら、本当に暇だな・・・
クリスマスに客が来るようなイベントでもやればいいのに・・・
まぁクリスマスイブに店長が休むくらいだし、この店には無理か。

「イブだってのに、彼女がいないって寂しいですよね。」

「そうだなぁ。」

「まぁ僕にはエロゲーがありますけどね!!」

「そうだね。」

こいつは、桜井と付き合う前のオレのようだ。
昔のオレもこんな痛々しい奴だったのかな・・・

「ほら、キッチンて女の子いないじゃないですか。
フロアは一杯いるのに・・・」

「そりゃ、女は汚れる仕事はやりたくねぇだろ。」

「高野さんや山神さんは、同じフロアの女の子と付き合ってますしね。」

「・・・そうだな。」

あの年代の男なんて、結局女目当てでバイトしてんじゃねぇのか?
まぁあんな将来性の無い男に付いていく女もバカだとは思うけどね。
特に高野。高校卒業してフリーターって(笑)
将来性もクソもねぇな。情けなくて涙が出るよぉ。

「ほら、今もあそこの二人。なんか良い雰囲気かもし出してるじゃないですか。」

「ん?・・・・!?」

袴田が指していた二人というのは・・・
信じたくは無かったが、桜井と合田だった。

「あ〜、僕もフロアやってみようかなぁ。
そうすれば女の子とフラグが立つかも?・・・て、どうしたんすか?」

「・・・いや、なんでもないよ。」

なんで桜井はあんな男と仲良く喋っているんだ!?
桜井、今はオレと付き合っているって自覚あるのか?
ふざけんなよ、マジで・・・

なんでオレがすぐ近くにいるっていうのに、そんな仲良く喋っていられる?
もしかしてまだ合田への未練があるとか?

オレが年上じゃないから?

オレのエッチが下手だから?


・・・オレのことが好きじゃないから?



桜井、オマエは一体何を考えているんだよ・・・
わからないよ・・・


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