始まりの終わり
〜後編〜


吐いた息は白く染まる寒さの中
街はイルミネーションに飾りつけられてられていた。

恋人達のクリスマスイブを祝う光が今の俺には
うっとおしくて仕方がなかった。

朝から始まったデートは陽が沈むのといっしょに終わりを告げた。


「ねぇ・・私たちもう終わりにしよう?」


プレゼントを渡すために噴水の前にきたのに
オレに背を向けた彼女の一言に俺はただ立ち尽くすだけだった。

「・・・え?」

「今日はホントに楽しかったよ!!
 今まで付き合ってきた時間の中で
 いっ〜〜〜ちばん楽しかった。」

彼女はオレの方に向き直り、また一言

「ホントにありがとっ!!!!」

何言ってるんだよ・・・

「慎吾君といっしょに過ごした時間は
 かけがえのない思い出になると思う。」

冗談なんだよな?

「だからここでおわか・・」

「なに言ってんのか分かってんのかよ。」

自分でも驚くくらいに冷たい声がでていた。

「・・うん。慎吾君・・・私と別れて下さい・・・」

噴水がいっせいに水を噴き上げた。

「分かった。」

ただ一言それだけ言うのに何分かかったのだろう。
噴水はすでに止まり辺りには静寂のみが残されていた。

「じゃあね。・・・バイバイ。」

俺はなにも言わずに彼女の背中を見送った。

なにも言わなければ彼女はきっと
俺の前に居続けてくれるそんな気がしたから・・。

彼女は一度も振り返ることなく
やがてその背中は見えなくなった。

涙はまったく出なかった・・。





涙が止まらなかった。

「ウゥ・・ウェ・・ヒグッ・・・」
私には泣く資格なんてないのに・・。

彼はきっと傷付いただろう。
理由もなくいきなり別れようなどと言われたんだから。

それを考えると私は泣いてはいけないのだ。

でも涙は止まらない。

「ごめ・・ん・なさい・・ご・めん・・な・・さい・・ウゥ・・」

いつもの胸の痛みなどとは比べようないほどに
胸が痛かった・・。

身体の痛みではない。

心が痛いんだ・・。

きっと彼は私以上に心を痛めているだろう。
彼はあまりにも優しく繊細な人だったから。

声が届かないと分かっていても言わずにはいれなかった。

「慎吾君・・ホントに・・・ごめんなさいっ・・」





あてもなく夜の街を歩き続けた。

ポケットに手を突っ込むと指先になにかが当たった。
すぐさまそれをとりだし手のひらに乗せてみる。

ちいさなちいさな指輪だ。

自分の小指にすら嵌まらないそれを捨てようとした時

「女にでもふられたんかオメェ〜」

柄の悪い連中に声をかけられていた。
いつもなら相手になどしないはずだったが・・。

「・・・口が臭いんだよクズが。」

「あん?テメェ喧嘩うってんのかコラァ!!!」

一人・・二人・・三人・・・

どうやら男五人で酒でも飲んでいたのだろう。

「おいっ。なんとか言えよ・・あぁ?」

「指輪なんか見つめてバカじゃねぇ〜のオメェ〜?」

指輪という単語がでた瞬間カッとなってしまっていた。

最初に声をかけてきた男の顔面にコブシを叩き込む。

「ウゲッ!!」

続いてすぐ隣に立っていた男の顎を打ち抜く。

「アガッ・・・」

三人目を殴りにいこうとした時いきなり足を掴まれる。

「テメェ・・ぶっ殺してやる。」

最初に殴った男が目を血走らせ足にすがりついていた。

その後は殴られる一方だった。

「・・ゲホッ・・ガハッ・・・」

「チッ・・ったく弱いくせにいきがってんじゃんねぇよ!!」

思い切り腹を蹴飛ばされる。

「ウゴッ・・・ゲハッ・・・」

言われっぱなしじゃムカツクので一言だけ言い返す。

「童貞に・・言われたか・・ねぇよ・・」

どうやら図星だったらしく
きつい一撃のあと俺は意識を失っていく。

俺も童貞だったがなぜか少しだけ勝った気がした・・。

目を覚ますとすでに深夜になるころだった。

「いてっ・・・ったく馬鹿だな俺は・・」

時計をみてハッとなる。

「あと一分でクリスマスか・・・」

握ったコブシを開くとそこには指輪があった。

「3・・2・・1・・」

「メリークリスマス」

持ち主のいなくなった指輪にむかって
一人俺は聖夜を祝う言葉を呟いた・・。





美紀と別れてから一ヶ月。

まるで世界は色を失くしたようだ・・。

あの日から一週間後家に一通の手紙が届いた。

それは、

彼女からの手紙。

内容はとても簡潔にまとまっていた。

引越しをします。お元気で。

それだけだった。
二人のことはなにも書いてない。

あれから一ヶ月ようやく俺は動きだそうとしていた。

「・・やっぱりもう一度話したい。」

あきらめが悪いのだろうか?
格好悪いことなんだろうか??

今、俺は彼女が引越ししたという
土地に電車で向かう途中だ。

走る電車の中俺は考える。

会って何を話せばいいのか?

俺はなぜこんな事しているのか?

ポケットに入った指輪をどうしようか?

答えはない。

自問自答を繰り返すうちに駅は目的地に着いた。

ただ一つ・・。

聞きたいことがあった。

俺は美紀がいまでも好きなんだ。
じゃあ、美紀はどうなんだろう?

「君は・・もう僕のこと忘れてしまったのか?」

独り言は風に乗って・・。

駅からバスに乗り換え。
バスに揺られること数分。
目の前には一軒の家があった・・。

「ここか・・。」

ピーンポーン

インターホンならすと奥から足音が近づいてくる。

「どちらさまですか??」

美紀によく似た声・・。
きっと母親なのだろう。

「風間慎吾と申します。美紀さんはいらっしゃいますか?」

ドアが開き一人の女性があらわれる。

「もしかして美紀とお付き合いしていた??」

「はい。今日は美紀さんに会いにきました。」

「・・そうですか。娘も喜びます、どうぞ上がってちょうだい。」

彼女の母はとても優しく
いきなり訪ねてきた俺を居間へと案内してくれた。

「外は寒かったでしょう?お茶でもいかがかしら??」

「ありがとうございます。頂きます。」

「ミルクティーでよかったかしら?」

美紀が好きだった・・。

「・・はい。」

五分と待たないうちにお茶が用意される。

「いただきます。」

冷えた身体を芯からあったかくさせる。
とてもおいしいお茶だった。

「・・・・おいしい。」

「ふふっ」

彼女の母が優しい目をしてこちらをみていた。

「どうかなさいましたか?」

「あなたを見ていたら
 まるで娘にお茶を用意していたときのようで
 つい嬉しくなってしまって・・。」

用意していた??

「あの・・彼女は今どこに・・??」

彼女の母は悲しそうな顔しながら言った。

「こちらへどうぞ。」

案内された先は・・・・
一つの部屋だった。

彼女の部屋ではないだろう。

部屋にあるのは仏壇だけだった。

俺は理解できなかった。

彼女に会いにきた俺がなぜここに案内されたのか・・。

なぜ彼女の写真が仏壇に置かれているのだろう?

「あの子はいつもあなたの事を家で話していたわ・・
 今日はどこに行ってなにをしたとか・・」

「今日は彼がこんなことしてくれて嬉しかったとか
 少し怒ってケンカしてしまったとか・・・」

「ホントに嬉しそうに話してくれたわ・・・」

なぜか俺の目が熱くなる。

彼女の母は仏壇に置いてあった
一冊のノートを俺に渡して言った。

「あの子の遺品よ、読んであげてくれる??」

そう言うと彼女の母は部屋を静かに出て行った・・。

俺は手に取ったノートを見つめる・・。

パラッ


○月△日 晴れ

今日から日記をつけるコトにした。
なぜかというと・・。

ついに彼に告白してしまったのだ!!

きゃぁぁぁ〜〜〜〜〜(≧▽≦)

しかもOKされてしまった!!
「・・・俺みたいなヤツでよければヨロコンデ。」
なんて言われてしまったんだよ〜〜〜

最後の方が少し声が裏返っていてとても可愛かった(ハートマーク)

とにかく今日から私は彼の彼女さんなのだっ!!

ダーリンとハニーなのだっ!!!!

ハ○太郎なのだっ!!!!!←×

とにかく嬉しかったので日記を書くことにする。

桜の季節まさしく私にも春がきたよ〜〜〜。



×月△日 晴天

今日は一ヶ月目の記念日でしたっ!!!!

いつもムスッとしてる彼を怒ったら

・・・

・・・・

・・・・・

キスで黙らされてしまいました。はわわ〜〜〜(≧△≦)

ムグッってなって
ポワ〜ンとなって
とろとろになってしまいました。

まわりに沢山いるからとっても恥ずかしかったよ〜〜〜〜〜!!

でも彼も真っ赤な顔してたのでおあいこかな?かな??

とにかく今日はファーストキスの記念日デスッ!!!!

体調が少し悪いので今日は寝よう。いい夢みれるかな??



□月×日 曇り

今日は父と母に連れられて病院に行ってきた。

夏に入る前で風邪でもひいたのか身体がひどく重い・・。

病院でわかったのは私の病気は治らないということだ。
今はまだ治療法もなく原因すら解明されていないらしい。

入院すれば三年。
このままだともって年の終わり・・・半年の命ということだった。

家族は入院をすすめてきたが私は反対した。

どうせ一度の人生だし好きに生きてみたいのだっ!!

でも・・・

一人になったら急に怖くなってきた。

一人で死にたくない。

彼は泣いてしまうだろうか?

私のこと好き?・・・嫌い??



□月△日 晴れ

屋上でつい彼に弱みをみせてしまった・・。

そんな弱虫な私に彼はこう言った。

「授業なんて上の空でお前のこと考えてた。
 それで思ったんだ。」

「今こうしてお前のこと考えてるのは
 お前のことが好きなんだからって・・」

「俺の話はそれだけ。」

私も同じだと思った。

彼のことを思って。想って。

好きなんだ。

どうしようもなく好きなんだ!!

きっと外にいられる時間は長くないけど頑張れるだろうと思った。

今日は嬉しくて泣いてしまったけどもう泣かない。



△月○日 曇り

今日は半年目の記念日だった。

最近はただ立っているだけでも辛いのに
彼が隣にいるだけで不思議と身体に力が湧いた。

愛のパワーかな?愛は地球を救うのかなぁ??

ミルクティーおいしかったし

誕生日も覚えててくれた・・。

今日はとても楽しかった。

帰ってからすこし寝込んでしまったけど
今はこうして日記も書けるぐらいだ。

誕生日まででいいからいっしょにいたいなぁ〜。


慎吾君・・好きだよ・・。



☆月◎日 晴れのち雪

今日彼と別れました。

死ぬまで泣かないと決めたのに
彼と別れるだけで涙が止まらなくなってしまいました。

優しくて繊細で誰よりも愛しいあなた・・。

あなたは泣いてるでしょうか?

きっと泣いてなんかないよね?

でもそれは我慢してるだけなんだよね?

いつか私の死を知った時には泣いてくれるよね?

こんなこと日記に書いてもしょうがないのだけど

私は

あなたを

愛しています。





そして日記は白紙のページへと続いていく・・。


あの日から一ヶ月ようやく忘れられると思ったのに・・・。

「今さらこんな想いなんて必要ないのにっ!!」

自分が許せないそして許したくない。

「くそっ・・く・・そっ」

その日初めて俺は自分に感情があるんだと自覚した・・・。

感情の高ぶりに身を任せて俺は涙した。

「う・・うぁ・ああ・・・うあぁぁぁぁぁ」

涙はまるで枯れることを知らないかの如く流れ続ける。

その涙はボロボロになったノートへと吸い込まれた・・・。

泣くだけだったら誰にでも出来る。

大事なのはその後のコトなんだと俺は彼女に教わった。

「いつまでもメソメソ泣いていたら
 お前に笑われちまうもんな・・」

どこからか聞きなれた声が聞こえた気がした。

その声は俺のことを慰めながらも甘やかせない。
そんな響きを含んだことを言った気がする。

ノートを片手に俺は走りだした・・。

ずっと走り続けていた。

周りから見たら俺はさぞかし滑稽に映るのだろう。

急いでいるのならタクシーを使えばいいとか
そんな風に見られてるのだろう。

それでも俺は自分の足で走り続けた。

「ハァ・・ハァ・・ハァ・・ハァ・・」

身体はもう走れないと訴えていたが
それでも走り続けた。

一歩進んだところでなにかが変わるわけでもないと
誰もが思うかも知れない・・。

だけど一歩進んだところには一歩先の景色がある。

二歩進めば二歩先の、三歩進めば三歩先の景色があるんだ。

止まっていても景色は変わるけど

見たい景色があるならば歩き始めなきゃいけない。

早く見たいから

俺は走り続けるんだ・・。





辿り着いた場所は誰もいない場所。

人は誰もが死ぬ時は一人なのだとだれかが言っていた。

だが一人きりで死ぬ人間だからといって
一人で生きてはいけないのだろう・・・。

だけど人は死ぬ。

そしていっしょに居た人は残される。

残された人は今の俺のようにひどく打ちのめされれるだろう。

俺の前には墓石がある。

立花家の墓・・。美紀の墓だ・・・。

「ハァ・・ハァ・・・」

ポケットから指輪をとりだす。

「ハァ〜ハァ〜〜〜・・これ・・ペアリングだったんだぜ?」

墓石にむかって一人で語りかける。

「お前がいなかったらこんなもん意味ないんだよっ!!」

まわりは誰もいない。冷たい風音だけが彼の耳に入る。

「だけど・・・俺は捨てない。」

「女々しいって言われたって」

「俺が君を愛してたのはホントウなんだ!!!!」

風がひと際強く流れ。俺は目を閉じる。


・・・アリガトウ


そんな声が聞こえた気がした。

「・・・今日は帰るよ。」

俺は墓石に背を向ける。

「俺さ・・夢が見つかったよ。」

立ち止まり語りかける。

「医者になるよ。」

「医者になって少しでも多くの命を愛して。見守り。育み。
 そして君の事を話して聞かせてあげるんだ。」

「ガラじゃないだろうけど頑張ってみるよ!!」

そして来た時の道を駆け出した・・・。


ホントニ・・・アリガトウ・・・・・