始まりの終わり
〜前編〜


「ねぇ・・私たちもう終わりにしよう?」



それがアイツから聞いた最後の言葉だった・・・

あの日から一ヶ月、ようやく忘れられると思ったのに・・・。



「今さらこんな想いなんて必要ないのにっ!!」



自分が許せない、そして許したくない。



「くそっ・・く・・そっ」



その日、初めて俺は自分に感情があるんだと自覚した・・・。












いつも通りの日常に普段と変わらない会話退屈な毎日。

隣を歩くこいつは何を考えてるんだろうなどと考えながら歩く俺もいつも通り。

そんな俺の退屈に気付いたように隣を歩いていた彼女が俺に声をかける。



「ねぇ・・慎吾ってば〜!!」



「ん?」



「私といっしょに居ても楽しくない??」



これを言われたのは何度目だろう。

会うたびにいつも同じことを言われてる気がするが・・。



「楽しくないわけじゃないし怒ってもいない。

 それに眉間にしわがよってるのもいつものことだろ?」



「そんなコトもう何度も聞いたからわかってるよ〜!!」



「はぁ〜・・だったらお前も同じこと何度も聞くなよ・・・」





俺は若干呆れた溜め息をつきながら言い返す。

このやり取りがデートをする度に一回はあるのだが

たまにこいつ本当は俺のこと嫌いなんじゃないのか?などと思ったりもする。

隣を歩く彼女の名前は美紀。

どちらかと言えば人気がある女子らしく

付き合い始めはクラスの連中に冷やかされたりもした。

勉強はもちろんスポーツも得意おまけに性格良しの顔もよし。

欠点らしい欠点がなくクラスでも中心になる女だ。



そして彼氏である俺、慎吾はクラスではあまり仲のいい友人もいなく

勉強やスポーツで活躍をしてるわけでもない。

唯一の長所といえばクラスの中で一番背が高い事ぐらいだ。まあ短所とも言えなくもない。

ガタイがいい上に目つきもあまりよくないので

よく揉め事に巻き込まれたりもした。

そのせいでこんな顔になったんだと自分では思っている。





「またボ〜ッとしてるっ!!」



どうでもいい事を考えてた俺の耳に美紀の声が突き刺さる。



「そんなに怒鳴らなくても聞こえるって・・」



「怒鳴りたくもなるよ・・・」



急に悲しそうな声を出すので俺はギョッとする。



「おいっ。いきなりそんな泣きそうになるなよ〜・・」



慌てた俺の声は普段と違う情けない声になっていた。



「だって今日は私たちが付き合い始めて一ヶ月の記念日なんだよっ!

 そんな嬉しくなさそうに隣を歩かれたら悲しくもなるし

 怒りたくもなっちゃうよっ!!」



どうやらまた俺は彼女の導火線に火をつけてしまったらしい。

なんとかしなくちゃと思ったときには体が勝手に動いていた。



「だから・ンッ・・ンムッ・・・」



キスをしていた。

白昼堂々と街中でなにしてんだ俺と思いながらも

そのまま数秒の時が流れた。

離れる二人の唇・・・。



「・・・いきなりなんてズルイよ。」



「ごめん。」



とっさに謝りながらも思った事をそのまま口にだす。



「今じゃなきゃ駄目だと思ったら勝手にしてた・・本当にごめん。」



ビンタの一つや二つを覚悟してた俺に与えられたのは温もりだった。



「嬉しかったよ・・」



恥ずかしそうにそう言いながら俺に抱きつく美紀。



「よっ!!兄ちゃん男だね〜!!!!」

「ホントホント。彼女大事にしてやりなよ〜^^」



どうやら注目の的になってるらしく慌てて離れる俺たち。

彼女の顔は真っ赤になっていた。

きっと俺も同じ顔してるんだろうなどと考えながらも彼女の手を引き走り去る。



「お幸せにね〜〜〜!!」



まったく余計なお世話だ。

走りながらも苦笑してた俺だがなぜだか気分はよかった。

春の風の中、これが俺達のファーストキスだった・・・。












感情の高ぶりに身を任せて俺は涙した。



「う・・うぁ・ああ・・・うあぁぁぁぁぁ」



涙はまるで枯れることを知らないかの如く流れ続ける。

その涙はボロボロになったノートへと吸い込まれた・・・。












「ねぇ・・・私のことどう思ってる??」



夏の始まりを感じさせる日差しのなか彼女は俺に問いかけた。



「え?」



「好き?・・・嫌い??」



突然の問いに俺はとっさに答えることが出来なかった。



「ごめん。やっぱりいいやっ・・」



そう言って彼女は走り去った。

一人屋上に立ち尽くす俺は言い様のない不快感に一言だけ漏らす。



「好きなはずなのにな・・」



いつまでも立ち尽くしているわけにはいかず歩き出す。

はじめの一歩はとまどいを。


二歩目はとまどいと不安をかき消すため力強く。


三歩目を歩きだす頃にはいつも通りの自分がいた。



教室にもどるとそこに美紀の姿はなかった。

俺より早く屋上を出た彼女がいないことを不思議に

思ったが始業ベルが俺の考えを打ち消した。



数学の教師が黒板に書き込む数式をノートに写し取る。

ノートを書き込みながらも頭では別のことを考えていた。



あいつが授業をさぼるなんて珍しいな。

保健室にでもいってるのかな。



さっきの屋上でのことも聞きたいし

授業が終わったら探してみるか・・。



上の空のまま授業は進んでいく。



終業ベルが鳴り響き教室は途端に騒がしくなる。

喧騒の中教室をでて保健室へと向かう。



階段をおりて保健室の前にいくと話し声が聞こえてくる。



「いつ・・・この学校・・・続け・・・・・分か・・・・」



「はい・・・でも・・・・長く・・・いたい・・」



なにやら重苦しい雰囲気のなか話しているので

ノックしづらかったがかまわずに進む。



コンコン



「はーい。入っていいわよー。」



「失礼します。」



消毒液くさい保健室のなか、美紀と保健教師は

向かい合いそこにいた。



「あれ?慎吾君も保健室に用事なの??」



「・・別に用はないがさっきの授業にでてなかったから

 どうかしたのかと思ってな。」



俺の台詞に美紀はなぜか驚いた顔を見せる。



「心配してくれたんだ・・・エヘヘッ」



人の心配をよそに彼女は見てるこっちが

恥ずかしくなる笑顔で答えた。



とたんに俺は恥ずかしくなってきたが

この程度の事で喜んでもらえるなら

まあいいかという気分になる。



「具合悪いのか?」



「そんなことないよっ!!

 それよりわざわざ来てくれるなんてなにかあった?」



「あると言えばあるんだが・・

 ここじゃちょっとな・・・」



まあ話せないことでもないがやはり二人で話したかった。

そんな俺の心情を理解してか保健教師は言う。



「邪魔者は職員室でお茶でも飲んできますかね〜。」



そう言ってドアを出て行った。



「なにか話があるんだよね??」



彼女はまっすぐに俺を見て言う。



「さっきの屋上での話なんだけど・・・

 俺はお前のこと好きだから。」



いきなりだったからか彼女はポカーンと

いった表情になっていたが話を続ける。



「さっきは急にだったから今のお前みたいに

 なってたと思う。でも授業の間ずっと考えてた。」



「なにを?」



「お前のことを・・」



「具合でも悪くて保健室にいってるのかなとか

 早退しちゃったのかなとか・・」



美紀はただじっと聞き続けている。



「授業なんて上の空でお前のこと考えてた。

 それで思ったんだ。」



「どう思ったの??」



「今こうしてお前のこと考えてるのは

 お前のことが好きなんだからって・・」



「・・うん。」



「俺の話はそれだけ。」



いつのまにか彼女の瞳から涙がながれていた。

彼女は言う。



「エヘヘッ・・・嬉しくて泣いちゃった。

 ありがとっ。そんなに慎吾君が私のこと考えてるなんて

 思ってなかったから・・」



「あんまり涙ながすと化粧くずれるぞ?」



怒ったように彼女は言い返す。



「むーー・・せっかくいい気分だったのに

 デリカシーがないんだから・・」



「今日はいっしょに帰ろっか?」



「毎日いっしょだろうが・・」



彼女の笑顔はとても輝いてた。

ありきたりの日常の色のない世界の中で

彼女だけは眩しいくらいに輝いていた・・。












泣くだけだったら誰にでも出来る。

大事なのはその後のコトなんだと俺は彼女に教わった。



「いつまでもメソメソ泣いていたら

 お前に笑われちまうもんな・・」



どこからか聞きなれた声が聞こえた気がした。

その声は俺のことを慰めながらも甘やかせない。

そんな響きを含んだことを言った気がする。

ノートを片手に俺は走りだした・・。












木の葉が鮮やかな赤色を見せる季節の中

寄り添い歩く二人・・。



「エヘヘ〜嬉しいな〜〜〜!」



隣を歩く彼女はまるで自分が世界で一番

幸せなんじゃないかなという顔をしている。



「お前・・・焼き芋一つでそんな嬉しいのか?」



「も〜分かってないな慎吾君は・・

 大事なのは焼き芋じゃなくて慎吾君が

 半年目の記念日を覚えていたことなのっ!!」



どうやら俺はかなりのダメ彼氏らしい。



「デートにだってなかなか誘ってくれないし

 ・・・キスだってあんまりしてくれないし・・」



俺は自分の耳をうたがった。



「お前さー自分でなに言ってるか分かってるのかよ・・?」



真っ赤になりながら彼女は言い返す。



「別にしたいってわけじゃないんだよっ!!

 ただ慎吾君ってあんまりベタベタしたりとかって

 してこないしさ〜・・うぅ〜・・」



この間公園でキスしようとしたら

スケベ呼ばわりしたした女の台詞とは思えないんだが・・。



「おいっ」



「ん?・・ン・・チュ・・・ンチュ・・」



キスをしてみた。

もちろん深く繋がるキス・・。



「ンゥ・・・チュ・・ハァ〜・・」



数秒間だったがあっという間に息苦しくなる。



「ハァー・・・どうだ?

 ってかすげぇ焼き芋の味がしたなお前・・」



さっきよりも数段真っ赤な顔になった彼女は

おもいっきり俺の腕をつねっていた。



「もうっ!いつもいつも慎吾君は突然すぎるのっ!!」



「いてっ・・痛いってば!!」



さらに力をいれてつねる彼女だったが・・・



「ン・・・コホッ・・コホッ・・・」



急にむせ始める。



「ケホッ・・・うぅ〜びっくりして

 焼き芋がヘンなとこに入っちゃたよ〜TT」



「大丈夫か?すぐ飲み物買ってくるから

 そこのベンチにでも座ってろ。」



そういって俺は彼女を残し

少し離れた自販機へと向かう・・。







なにげない優しさに涙がでそうになり

いますぐ彼に真実を告げてしまいたくなる。



「でも・・・あと少しだけ

 あと少しだけ私に夢を見させて下さい。

 せめて誕生日を・・・

 彼と二人で過ごす誕生日だけ・・」



まるで祈るかのように焼き芋を両手でつつみこむ。

身体は少しずつ重たくなり目蓋を閉じれば

すぐにでも眠ってしまいたくなる。

同時に心臓は破れてしまうかのように

早い鼓動をひびかせる・・。

それでも笑顔を崩すことなく口のなかの鮮血を飲み下す。



「あと少し・・あと少しだけ・・・。」



私の視線に気づいた彼がはにかむように微笑み

こちらへの歩みを速める。

そうして私は笑顔で彼を迎えるのだ・・・。








「ほらっお前の大好きなミルクティーだぞっ。」



そういって彼女に自販機で買った缶ジュースを渡す。



「ありがと〜。でも今日はホントに優しいねっ!!」



「まあ半年目の記念日だしな・・。

 そういえばもうすぐ誕生日だよなお前?」



「・・・覚えててくれたんだ。」



「当たり前だろ。だってお前の誕生日って・・・」





「クリスマスイブだろっ?」












ずっと走り続けていた。

周りから見たら俺はさぞかし滑稽に映るのだろう。

急いでいるのならタクシーを使えばいいとか

そんな風に見られてるのだろう。

それでも俺は自分の足で走り続けた。



「ハァ・・ハァ・・ハァ・・ハァ・・」



身体はもう走れないと訴えていたが

それでも走り続けた。



一歩進んだところでなにかが変わるわけでもないと

誰もが思うかも知れない・・。



だけど一歩進んだところには一歩先の景色がある。

二歩進めば二歩先の、三歩進めば三歩先の景色があるんだ。



止まっていても景色は変わるけど

見たい景色があるならば歩き始めなきゃいけない。

早く見たいから・・・。



俺は走り続けるんだ・・。