第七話
記憶の中に住まう悪夢


「ははうえ〜!!」

長いブロンズの女性に、同じブロンズの髪の子供が駆け寄る。

「どうしたのリアナ?」

「みんなが儂をいじめるのじゃ!!
 大魔法使いの娘なのに、オマエには魔法の才能が無いって・・・」

「ふふ、大丈夫よ。
 リアナも大きくなったら必ず上手になれるわ。」

「ほんとか!?」

「ええ、本当よ。
 そのためにはまず、その喋り方を何とかしないとね。」

「喋り方?」

「ええ、そうよ。
 女の子なんだから、ちゃんと女の子らしい喋り方をしないとダメよ?」

「ふむ、そうかのう・・・」


母のカレンはネコフン村でもトップに立つ大魔法使いであり、
かつてファルスティア一の大魔法使いであった現長老ジグマールの一人娘でもある。
儂はその娘なのだ・・・

ネコフン村でのトップともなると、村の住人達への魔法講習等で
儂と共にする時間などまるで無かった・・・

だから儂は幼いときから祖父のジグマールに面倒を見てもらっていた。


「困ったわねぇ、おじいちゃんの言葉が移っちゃったのかしら?」

「儂は何も困らんぞ?」

「まぁリアナがそう言うなら良いんだけど・・・」

「それより、今日は母上はずっと家にいるのだろう?
 なら儂の魔法の特訓をして欲しいのじゃ!!」

「ええ、いいわよ。
 今日は炎の呪文のレベル1からだったかしら?」


母が家にいるときはよく魔法を教えてもらっていた。
しかし、いくら特訓しても一向に上達しなかった。
大魔法使いの母の一人娘なのに魔法がまったく使えない、
そんな事では母の名に傷をつけてしまう・・・
カレンの娘で恥ずかしくならないよう
頑張らなければならなかった。
そんなプレッシャーは日に日に大きくなっていく・・・

そんなプレッシャーに押し潰されそうなとき、
父のラルフと久しぶりに会った。

父も大魔法使いの夫となると、やはり多忙だった。
母の手伝い、村の管理等で母同様、家に帰る時はあまりない。


「父上、儂は母上みたいに魔法をうまく使えないのじゃ・・・
 やはり儂には才能がないのかのう・・・」

「そんな事はないよ、
 リアナは今のままでいいじゃないか。
 魔法だって完璧な訳じゃないんだよ・・・」

「うむ・・・」

「お父さんだって魔法は使えないが、
 こうして何不自由なく暮らしている。
 そうだろう?」

「うむ・・・」


儂はこのとき一つの疑問を持った。
ネコフン村の住人達は皆、うまい下手はあれど
全員魔法を扱える。
しかし、父だけは使えなかった。
魔法使ったのを見たことが無かった。

何故使えないのか、幼いときからの疑問であったが
父や祖父、母にも聞いたことはなかった。
触れてはいけない事だと思ったのだ。
母は大魔法使いなのに、父は使えない。
もしかしたら父は落ちこぼれなのかとも思った。
そう思うと余計に聞けなかった。

しかし、その謎はある日突然
何の前触れもなく解き明かされる事になる・・・


「長老!!大変です!!」

「何事じゃ、騒々しいぞ!!」

「そ、それが・・・
 突然村の結界が解かれ、何者かが侵入して来ました!!」

「なんじゃと!?一体誰が結界を・・・
 いや、まずはその侵入者を何とかせねばならん!!」
 侵入者は何人じゃ?」

「約200人です!!
 現在は中央広場で他の者が足止めしています!!」

「わかった。
 至急女子供は避難させ、
 カレン達大魔法使いを集合させるのじゃ!!」

「了解しました!!」

祖父の冷静な命令を受け、
村人はすぐさま家を飛び出した。

「しかし妙じゃな。
 結界が解け、200人の侵入者・・・
 偶然にしてはあまりにも出来過ぎている・・・
 まさか裏切り者が!?」

そんな祖父の独り言を聞き、
儂は何か嫌な予感がした。

「リアナ、オマエは他の者と一緒に避難するのじゃぞ?」

「了解じゃ!!」

そう言うと祖父は急いで家を出た。
儂はこっそり祖父の後を尾ける事にした。





「結界を解いたのは貴様等か・・・
 この村に何の用があって来た?」

ジグマールは武装した集団の中にいるリーダーらしき人物に問い掛けた。
儂はそれを、100m程離れた場所で見る。

「これはこれは、かつてファルスティア一の大魔法使いと謳われた
 ジグマール様ではありませんか。
 私はクルクート国のアルバドと申します。
 以後、お見知りおきを・・・」

「クルクート国じゃと・・・?」

「まぁこんな所で引き篭もっているあなた達には
 外の世界の事など知らないでしょう。」

「さっさと用件を言え。
 返答によっては・・・」

「まぁ率直に言いますと、この薄汚い村に存在する
 精霊を頂きに来ました。」

「な、なんじゃと!?
 貴様一体何を企んでおる!!」

「あなたもクリーチャーをご存知でしょう?
 今、我々の国ではクリーチャーに対抗すべく、
 ある兵器が開発されていてね。
 その兵器に是非、精霊の力を与えたいのですよ。」

「精霊をむやみに扱うとファルスティアのバランスが狂うのじゃぞ!!
 それが貴様にはわからんのか!!」

「我々がこの世界を救おうと言うのです。
 まぁクリーチャーを駆除した後は、
 我が国がこの世界を支配しますがね。
 大人しく精霊のもとへ案内して頂ければ
 我々も手荒な真似はしませんが?」

「貴様等のような連中に精霊を渡す訳にはいかん!!」

「ふ、そうですか。
 それでは自分達で探しますよ、
 あなた達を殺してね!!」

アルバドの合図と共に他の兵士達が構えた。
それに合わせてジグマール、ゲミル族の男達も構えた。

「逃げても構いませんよ?
 無駄ですけどね!!」


「あ、あ・・・」

突如目の前で始まった戦いに、儂は体が震えた。
早く止めなければ一杯人が死んでしまう・・・
どうすればいいのか何とか頭を働かせた。
母はまだ来ないのか辺りを見回す。

いた。

母だ。
母と共に数人の大魔法使いと呼ばれる村人が数人やってきた。

「あなた達、一体自分達が何をやっているのかわかってるの!?」

母は戦いを始めている相手側に問い掛けた。

「これはジグマール様の御息女のカレン様ではありませんか。」

「あなた、何故それを!?」

ジグマールは外の世界でも有名な大魔法使いであったが、
その娘である母の存在は村の外には一切知られていない。

はずであったが、何故かこの男は知っている。
一体何故・・・

「ふふふ、まだわかりませんかねぇ。
 ではこれを見てもらいましょうか・・・」

そうアルバドは言うと、後ろから一人の男が現れた。

「な・・・!?」

その男を見た瞬間、儂も村人達も凍りついた。

「あ、あなた・・・?」

見間違うはずがない。
あれは儂の父のラルフだ。
もう頭が混乱して、状況を把握出来ない。

「やはりお主じゃったか!!
 裏切り者は!!」

「裏切り者?
 それは違いますよ義父上。」

「あなたが何故そこにいるの!?」

誰もが思った事を母が先に問い掛けた。

「カレン・・・
 オレと初めて会ったときの事を覚えているか?
 あの激しい雨の日を・・・」

「覚えているわ、忘れるはずもない・・・
 村の外にボロボロになったあなたが倒れていた日の事を・・・」

「そうだ、そしてたまたま村の外にいたオマエに助けられたんだよな。
 そして外の世界のオレに、オマエは優しくしてくれた。
 オレはオマエのそんな優しさに心引かれ、家族になった・・・
 それからは外の世界のオレに冷たかった村の住人も優しく接してくれたよな?
 そこでオレはやっとこの村に認められ、この村に住む事に許しを得た・・・」

「・・・そうよ。」

「だがな、これは始めから仕組まれた事なんだよ!!
 オレはクルクート国の者であり、オレに課せられた任務は
 この村で貴様等の信用を得、そして今日というこの日のために
 村の結界の解き方を調べ、結界を解き、
 アルバド様をこの村に招き入れる事なのだ!!」

「そんな・・・」

母は泣きながらその場に崩れ落ちた・・・
儂も父のそれを聞いて母と同じで崩れ落ちた。
儂と母を愛してくれた父の突然の裏切り。
今までの愛は全部嘘だったの・・・?

「この外道がぁ!!」

祖父の放った光の矢が父を貫いた

「ぐごぁ!!」

「いやーーーーー!!」

母の目の前で父はあっけなく殺された。

「まぁラルフの役目は終わりましたし、
 丁度良かったですよ、ゴミ掃除を手伝ってもらってね。」

そのアルバドの台詞を聞いて
儂の中で何かが切れた

「ああああああああああああああああああああああ!!」

突然の儂の雄叫びに、全ての人が儂に振り向いた。

「リア・・・ナ・・・?」

母の消え入りそうな声が聞こえたが、
儂は構わずその場に巨大な光の塊を投げつけた。

「な!?この魔法の力は・・・
 ぐ、ぐぎゃあおあおあ!!」

その場にいる敵は文字通り全て消滅し、
儂は気を失ってしまった・・・





どのくらい寝ていたのだろうか、
目覚めたときには何故かネコフン村とはまったく違う場所にいた。

母の話では儂は三日間は寝たままだったらしい。

更にこの現状を聞くと母は消え入りそうな声で答えてくれた。
裏切り者の女とその娘はもう村には住めないとの事だ。
しかし、本来なら責任を問われ処刑されてもおかしくないのだが、
祖父のおかげで村から追放されただけで済んだらしい。

そして儂は母と二人で見知らぬ土地で暮らす事になる。
だが母はやはり父の裏切りがショックだったのだろう。
食事もロクに取らず、1年後には他界してしまった・・・

儂は母を火葬した後、ネコフン村のすぐ外にある森に住むことにした。
理由は、母の遺骨を母が生まれ育った大地に埋めてやりたい。
だから儂は村の結界が解かれるまでここに住むのだ。
二度と解かれる事はないであろう結界の外に・・・

だが結界は再度あっけなく解かれる事になる。
あの者によって・・・





「さぁどのように死にたい?珍獣」

「オレは死にたくないし、珍獣でもねぇ!!」

「ほざけ珍獣!!」

デジュンはまた蹴り飛ばされた
そしてデジュンが落ちた先には・・・

「くっそぉ、また蹴り飛ばされたぜ・・・ん?」

足の裏に何か不愉快な感触があった。

「な、これは人間!?」

そこにはアシュラに細切れにされた人間のパーツがいくつも落ちていた。

「貴様もそのようになりたいか?珍獣」

「てめぇ・・・これじゃオレの村と同じじゃねぇか・・・」

「あぁ?聞こえんなぁ!!」

アシュラはものすごいスピードでデジュンに向かった。

「なんでオマエ達はこんな事をするんだぁ!!」

ドゴッ!!
鈍い音でアシュラの顔面にデジュンのパンチが決まった。

「な、なんだと!?」

予想だにもしない珍獣のパンチに
アシュラはよろめいた。

「テメェ・・・テメェの血は何色だぁ!!」

デジュンは今までにないほどにシリアスだった・・・




村に向かって走るスラップ。

「デジュンの奴、もうやられたりしてないだろうな・・・」

『ミツケタヨ・・・』

「え・・・?」

何か頭の中に直接話しかけられている感覚だ。

『ヤット・・・ミツケタ・・・』

スラップはその不思議な声がする方へ導かれるように歩いた。