第三十九話
自分の弱さ、そして新しい選択肢



あれからも綾音に対して、オレのマニアックなプレイは続いた。
何故、オレはああいうSMチックなことをするのか?

エロゲの影響?
確かにそれはあるかもしれない。
ゲームをやることによって、実際にそういうことをしたいと思う事は誰だってあるだろう。
だが実際にやるには、その行為が良い事か悪い事かの区別が付かなければダメだ。
言うまでもないが、オレはもちろん区別が付いている。
ゲームの影響を受けて実際に犯罪を起こすのは稀に見るクズであり、
そんな人間はゲームや漫画等がこの世に無かったとしても犯罪を起こすだろう。
一部のクズのせいで、オレ等のような真面目なヲタクまでもが犯罪者のように見られる世界・・・
そしてヲタク的な物を、この世から排除すれば平和になると勘違いしている、
根拠も無く感情で動く頭の悪い政治家、そして怪しい団体・・・

オレが綾音に対して行う行為は犯罪でも何でもないし、むしろお互いが楽しむための行為だ。
オレも楽しいし、綾音も楽しがっている・・・

オレは自分が楽しむために行っているのか?

いや、違う。
不安だったんだ・・・

オレが今まで見てきた綾音は、今までの男が何度も見てきた姿で・・・
綾音とエッチをしている最中も、ずっと前の男に嘲笑われているような気がして不安だったんだ・・・
綾音も内心、オレを嘲笑っている気もした。

『彰も、前の人達と結局同じだね・・・』

そんな風に思われるのが嫌で、怖くて・・・
自分に自信がずっと持てなかった。

今までの男が何度も見てきた姿をオレが見ても、
それはオレが前の男と何ら変わりないという事で・・・
それが嫌だった。オレは綾音の特別でいたかった。

だから綾音にとっての初めてをオレが経験させることによって、
オレが綾音の特別な存在になれるかと思った。

自分でも、なんて幼稚な考えだとは思うよ。
でも、それでも・・・それがオレが綾音を好きだという事だから。
お互い初めての行為を行うのが、オレと綾音にとっての幸せだから・・・

綾音を好きだという気持ちは日に日に増していく。
毎日一緒にいたいと思うくらいに・・・

所詮、人間は他人の気持ちなんて分かるわけがない。
もちろん、綾音のオレに対する気持ちも分かりはしない。
しかし、綾音は前のように深夜オレの家に来るようになった。
また綾音の母親にバレるかもしれない。それでも綾音はオレを求めて来る。
リスクを負ってまでオレを求めて来るなんて、オレはそれだけ綾音に好かれているかもしれない。
モテない男の自意識過剰かもしれないが、今の綾音を見ていればそう思えてしまえる・・・
まぁお互い18歳なんだし、その年で親にどうこう言われる筋合いは無いのだが・・・

お互いの気持ちが強まれば、それは良い事のように思えるが、そうもいかなかった。
オレ達二人は、相手を自分で完全に独占したいという気持ちが強すぎた・・・

綾音が他の男と喋っているだけでも嫌だし、綾音も同じ気持ちだ。
そんな事は新美の件で既に分かってはいたが・・・

そのため、些細なキッカケで喧嘩が起きるのも珍しい事では無かった。
『今日、何であんな男と仲良く喋ってんの?』
『彰、ちょっと他の女の人に喋り掛けられたからって、楽しそうにし過ぎ。』
そんなやり取りが続くと、綾音が好きなオレでも、だんだん不満が募ってくる。
それは綾音も似たような気持ちだろう。

オレは綾音が浮気はしないと信じている。向こうもオレを信じていると思う。
でも、お互いその嫉妬を止められない。好きだから、独占したいから・・・
オレ達二人は似たもの同士だから・・・
正直、好きな異性と同じ職場で働くというのは、ここまで辛いものだとは思わなかった。

オレ自身、エロゲーの影響でファミレスで働いていた。
エロゲーのように、好きな女の子と仲良く喋ったり、一緒に帰ったり・・・
そしてたまにヤキモチ妬いて、そんなラブコメ的な夢を見ていた。
しかし現実は全然違って・・・
現実の女の子はオレみたいな男でフラグが立つ訳が無く、顔が良い男に寄って行くだけだった。
よく雑誌やテレビで、モテる男の条件をズラズラと言う女を見るが、
それはイケメンに限る条件であり、イケメンでない男はハナから対象外なのだ。
所詮これが現実、世の中顔が良い男だけが女にモテるんだと思った。
そんな中で唯一オレと付き合ってくれる子がいて・・・
それが桜井綾音だった。
色々あったけど、今はちゃんと本気でオレと付き合っている。
エロゲーのように清いヒロインではないけれど、それでもオレは好きなんだ・・・
世界で一番、綾音が好きで、どうしようもないくらい好きで・・・

ガーデンには、顔が良ければすぐ股を開きそうな頭の悪そうな女達や、
ただ女と犯りたいだけのような毎日が発情期の男達・・・
嫌な事がたくさんあったガーデンだったけれど、一つだけ感謝したい事はある。

それは綾音と出会えた事・・・
それはオレにとって、ガーデンで最初で最後の奇跡で、すごく幸せな事・・・

ガーデンには色々綾音との思い出はあるけれど、
これがお互いのためにもベストだと思った。

だから・・・

オレは、ガーデンを辞めることにした・・・





「今日で最後だけど・・・
叶野君・・・考え直さない?」

「いえ・・・もう決めましたから。
すいません、急過ぎて・・・」

「叶野君が辞めるとなるとキッチン厳しくなるなぁ・・・
まだ袴田君じゃリーダー無理そうだし・・・」

「一応アイツには引継ぎしておきましたんで、
前よりは役に立つと思います。たぶん。」

「そうだねぇ・・・
まぁ愚痴っててもしょうがないか。ほんと、今までありがとね。」

「いえ・・・
こちらこそ、お世話になりました。」

これで良い・・・
これで良いんだ・・・

今日がガーデン最後の日だ。
オレは最後の仕事を終え、店長に挨拶を済ます。
店長の挨拶を済ました後は・・・どうしようか。
正直、他の連中に挨拶とか面倒くさいし、喋りたくないし。
まぁ、袴田くらいかな・・・

「叶野さん、今日でお終いですね。」

「おぅ。袴田、次のリーダーはオマエぽいから頑張れよ。」

「マジ、リーダーなんて勘弁だ・・・
叶野さんいなくなったら、キッチンおばさんばかりじゃないすか。」

「そうだなぁ・・・
だったらフロアの女の子と仲良くなれよ。」

「それが出来れば苦労はしないすよぉ・・・」

「大丈夫!!オマエならやれる!!
てことで、袴田よ、後はよろしくな。」

「了解す・・・
たまにはガーデンに遊びに来て下さいね。」

「オマエが作った料理食いたくないし、
オマエがいないときに来るわ。」

「ひでぇ・・・」

「ははは。じゃあな。」

「はい、お元気で〜。」

店長、袴田に挨拶したし、もう帰るか・・・

帰る途中、高野や合田達とすれ違った。
こいつらに世話になった覚えもないし、こっちから挨拶する必要は無い。
こいつ等から声を掛けて来たならまだしも、こっちから声を掛けるなんて有り得ない。

このままガーデンの建物から出たら、オレはもうガーデンとの関係が切れる。
寂しくないと言ったら嘘になるが。
いや、正直に寂しいよ・・・
だって高校一年の夏からずっとガーデンでバイトしてたんだぞ?
寂しいに決まってるじゃないか。

ふと、あるエロゲーのオレ的名台詞を思い出した。
オレがファミレスでバイトをするキッカケとなった作品なんだが。
主人公と結ばれるキッカケを与えてくれたファミレスに対し、
ヒロインがエンディングで『ありがとう』と言う台詞を・・・
辛い事もあって、でもそれ以上に良い事もあって・・・
だからこそ言える台詞なんだろう。

だがオレは・・・
綾音にフラれて辛いときもあった。
でも綾音と本当に付き合う事になって嬉しい事もあった。
だからといって・・・
オレはガーデンに対し、『ありがとう』なんて台詞は言えない・・・
オレにとっては辛い事がありすぎた・・・

オレと綾音のお互いのためにガーデンを辞めると言ったが、
結局はオレ自身が逃げたかっただけなんだな・・・
分かってるよ、自分は体は無駄にデカクても、心は脆いって事はさ・・・

でも、そんなガーデンはもうお終いなんだ。
ガーデン最後の日くらい、綾音と一緒に帰りたかったのだが、
テストが近いせいで、母親からバイト禁止を食らっている。
この年でまだ綾音を子供扱いかよ・・・気に入らねぇ。

ま、いいや。一人で帰ろ・・・
ガーデンを辞める事になったから、次のバイト探さなきゃな・・・
一体何をやるか?

高校生がバイトをするときは、ほぼ飲食店しか選択肢が無い。
しかも時給が安い。まぁ子供だから当たり前か。
だが、高校を卒業するくらいの年齢になると、バイトの選択肢は倍以上に増える事になる。
年齢的に深夜も働けるので、男は深夜の荷物整理とか、女はキャバクラとか・・・
ガーデンより時給が良いとこなんてたくさんあるだろう。
とりあえず、家に帰ったらネットで調べるかな・・・

結局ドラマチックなイベントは何も無く、オレは帰路に着くことにする。
ホント、最後のガーデンは呆気無かったな・・・
初めてのバイトがガーデンだったし、バイトを辞めるのは生まれて初めての経験だ。
まぁ、こんなもんなんだろうな・・・

ポン

誰かがオレの肩を叩いた・・・
誰だろうか?夜遅いし、まさかタカリとか!?
いやいや、この年でタカリに会うとか有り得ないから。
でもオヤジ狩りとかあるし、有り得ない事は無い・・・か?
もしかしたら綾音かもしれない。
オレが最後の日だから、来てくれたのかも・・・

オレは振り向く。
振り向いた先には綾音がいると・・・

「や。バイト、今日はもう終わった?」

「っ・・・」

オレが振り向いた先には優がいた・・・
前もこんな事があったな・・・

「優はどうしたんだよ、こんなとこで。」

「ん、私はコンビニ行ってて、その帰りだよ。
たまたま見かけたから声掛けただけ。」

確かに優の手にはコンビニ袋がぶら下がっている。
もしかしたら、わざわざ自分に会いに来たのかも・・・
と一瞬でも思った自分が恥ずかしい・・・

「そっか。
あんまり女一人で夜遅くにフラフラしない方が良いぞ。」

「心配してるの?」

「そりゃ・・・」

「ありがと。
バイト終わったなら、また家でコーヒーでも飲む?」

「いや・・・」

さすがに二度も元彼女の家に行くのはダメだろ・・・
それに、新美のときみたいに優と一緒にいるところを綾音に見られるのもマズイし。

「そっか。なんか彰、元気無さそうだから。
また話でも聞いてあげようと思ったんだけど。」

「元気が無い・・・ね。」

「ここで、また何かあったとか?」

何度目だろうか。
昔も今も、オレはどうしても優の優しさに甘えたくなる・・・
それはオレが精神的に疲れているから?
自分で自分を追い込んでいるのに?

「オレは・・・今日でガーデン辞めることになった。」

「そう、なんだ。」

「誤解しないで欲しいんだけど、
クビじゃなくて自分の意思だから。」

「分かってるよ。
辞めたくなった理由も・・・大体、ね。」

一度は付き合った女性だ・・・
オレの性格、弱い所も知ってる。
だから、こうやってオレの話を聞いてくれて・・・
オレには綾音がいるのに、それでも甘えたくて・・・

「もし良かったら・・・
私の会社で荷物整理なんだけど、バイト募集してるから・・・
彰、どう?バイトしてみない?」

「え?」

突然のバイトの誘い・・・
ガーデンを辞めたオレに、優からの誘い・・・

オレは・・・


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