第十八話
無力


「立て・・・
 貴様の力はこんなものではないだろう・・・」

「ったりめぇだぁぁぁ!!」

二人は再び激しい攻防を繰り広げながら上空へと上って行く。

「テメェも勇者なんだろうが!!
 なんでガイアの味方なんてしてやがんだ!!」

「・・・オレにはオレの目的がある!!
 そのためならば利用してやるさ、何でもな!!」

「バッカ野郎がぁぁぁぁ!!」

デジュンの拳がソールの大剣に叩きつけられる。

「っ!!・・・なかなか良い一撃だ・・・
 だがオレにも譲れないものがある!!」

― 彼は・・・彼は心に深い傷を持っている・・・
  デジュン、キミ達しか彼の傷を癒してあげることは出来ない。 どうか、彼を救ってあげて欲しい・・・ ―

「これは!?
 この声、この感じ・・・風の精霊か!?」

「どこを見ている!!」

「!!」

「うぉおおおおおおおおおおおおおお!!」

ソールはデジュン目掛け思いっきり切り裂く。
その切先はデジュンの頬を掠った。

「ちぃっ!!」

そのときだった・・・
ソールの腰にぶら下げてあった首飾りが突然真っ赤に光りだしたのだ。

「ソールっ!?」

デジュンは咄嗟に首飾りに手を伸ばした。
そしてそれをソールの腰から引き剥がす瞬間・・・





「う、うう・・・!!」

「気が付いたか・・・」

「ここは・・・?
 オレは・・・あのとき・・・?」

デジュンはソールの足に引っ掛かっている状態で辺りを見回す。

「マグマの上・・・
 どうやら爆発で吹き飛ばされたようだ・・・くっ!!」

デジュンの顔に上から大量の血が降り注ぐ。

「オマエすごい血じゃないか!?」

「首に掛けていたならアウトだった・・・
 どうやらオレは、このための捨て駒だったようだ・・・」

自分の腹部から生暖かいモノを感じる。
よく見てみるとかなりの出血だ・・・
腹に穴でも開いたか・・・?

「・・・いや、デジュンが引き剥がしていなかったらアウトだった・・・」

デジュンを見てみると、全身に火傷を負っている。
だがオレよりはかなりマシな状態だった。

「オレは貴様の敵だ。
 何故オレを助けた・・・」

「わからねぇ・・・
 オレはオマエが嫌いだ。
 ガンガンにぶっ飛ばしてやりたいくらいにな。」

「・・・・・・」

「だが、オレは聞こえた。
 ぶつかり合うとき、オマエの中の風の精霊が
 オレに言ったんだ。オマエを救って欲しいと・・・」

「・・・・・・・・」

「そしてオレは見た。
 オマエの悲しい過去を・・・」

「オレの・・・過去・・・?」

「それを見て、オマエが何を求めているのか・・・
 信じていた者に裏切られたこと・・・
 自分が無力なため大切なものを失ったこと・・・
 オレはオマエを理解した!!」

「何を言っている・・・
 貴様にオレの何が!!」

「分かるさ!!オレや、スラップ、リアナ・・・
 みんな同じなんだよ!!オマエだけじゃない!!
 オレ達は自分が無力なせいで・・・あのとき無力だったからっ!!
 目の前で大切な者の命が奪われていったんだっ!!
 みんな、みんなそうなんだよ!!」

「だから・・・だから何だと言うんだ!!」

「オレ達は何のために精霊に選ばれたんだ!?これ以上悲劇を繰り返させないためだろ!?
 あのときは無力だったさ、オレもオマエも・・・でも!!今オレ達には力がある!!
 勇者の生まれ変わりとして転生し、精霊という力を得た!!
 オレ達は力を合わせ、この世界を何とかしなきゃいけない!!
 あのときの後悔をもうしないためにも・・・
 今オレ達は争っている場合じゃないんだっ!!」

「く・・・」

「オレを信じろ!!オレ達はオマエを裏切らない!!」

「!!」

「だから・・・
 だからオレ達に力を貸してくれ!!
 オマエの力が必要だからっ!!オレと供に戦ってくれ!!
 ソォォォォォォォォルゲィィィィィィンンン!!!!」





「あいつだ・・・あいつが刻印の!!」

ジュックはオレを指差し、そう吼えた。

「ほう・・・あいつか・・・」

「ジュック・・・?」

「ソール、すまねぇ・・・
 オレは・・・オレは・・・
 まだ死にたくねぇ・・・!!
 オレは刻印にも拒絶され、今まで良い事なんて何も無かった・・・
 だから、まだ、まだ死にたくねぇんだよぉ・・・」

「・・・・・・」

怒りなど沸かなかった・・・
ただ、親より信頼していた親友に裏切られたのが悲しくて、
オレは呆然とジュックの言葉を聞き流すだけだった・・・

「そ、そうだ。
 オマエには言ってなかったが、
 オレ、この前隣村のルーに告白したんだ!!
 まだ返事は貰ってねぇんだけどよ、良い感じだったん」

「小僧、ご苦労だったな。」

バンッ

静かな部屋にその無機質な音だけがやけに響いた。

「オレ達の任務・・・
 ヘイム村の豚供を抹殺し、刻印のガキを捕獲すること・・・
 悪いな、元々貴様等豚供を生かす気は無いんだよ。」

それを聞いた途端、みんなの顔が青ざめる。

「オマエ達、刻印のガキ以外は全員殺せ。」

「了解。へへ、隊長、女はどうしやすか?」
 どうせ殺すんなら・・・」

「好きにしろ。但し最後は殺せ。
 オレはガキを上まで連れて行く、集合時間には遅れるなよ?」

「イエッサー!!
 てことだテメェ等!!日頃溜まってる分吐き出すぜぇ!!」

兵士達は一斉に、女達の衣服を破り捨て、
己の欲望を満たすためだけに行動する。

女は悲鳴を上げ助けを求めた。
だが子供、老人は何も出来ず、目をそらす事しか出来ない。

オレは状況を把握出来ず、倒れているジュックを見る。

額から血が流れている・・・
これは一体何だ?一体何が?

「ジュック・・・・・・・?」

銃で頭を貫かれた・・・のか?
さっきまでここにいたジュックはもういない。
ここにあるのはただの肉の塊だ。
こんなにも・・・こんなにも人間の命は簡単に・・・!!

「さぁ来い!!」

隊長と呼ばれた男がオレの手を掴んだ。
だがオレはそれを振りほどく。
そして女に夢中になっている兵が脱いだ服からナイフを取り出した。

「オマエ等・・・オマエ等!!  よくも、よくもっ!!」

「まったく世話が焼けるガキだ・・・」

こいつ以外は自分達の行為に夢中で、オレ達のことに気が付いていない。
せめて、せめてジュックを殺したこいつだけはっ!!

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

オレはナイフを奴の腹に刺すべく向かった。
だがそいつにとっては、例えオレがナイフを持っていようが関係無かった。
ナイフは蹴落とされ、腹に拳が叩き込まれる。

「おぶぁぶっ!!あくぁ・・・」

「大人しくしてろ、そうすれば痛い思いはしない。
 今だけだがな・・・」

「くぅぅ、う、うわあうぅぅ・・・」

オレは・・・無力だ・・・
親友を殺され、女はこんな奴等の慰みモノに・・・
オレは英雄じゃないのか・・・?
何にも出来ないじゃないか。
むしろ、こいつらを呼び込んだのはオレじゃないのか?
オレがこんなのに選ばれなければ、こんなことにはならなかったのでは?

オレは泣くことしか出来なかった・・・

「ガキ、行く・・ぞぁ!?」

隊長と呼ばれた男の腹から剣が突き抜けた。
それはオレの母親らしき人物が背中から刺した物だった。

「キサ、マ・・・!!」

「ソール!!早く逃げなさい!!
 あなたはこんな所で死んでは」

ザシュ

「はぐぁはぁ!!」

オレの母親は、その男の剣によって腹を切り裂かれた。

「舐めた真似しやがって!!
 く、これは"再生"に時間が掛かるか・・・」

その男は生きていた。
あれだけの傷をものともせず、平然と立っていたのだ。

それだけの騒ぎが起これば、遊んでいる兵達も異常な事態に気が付く。
兵達は何事かと女を投げ捨て、オレ達を取り囲む。
この時点で、オレの母親の捨て身の策は見事に失敗した・・・

「ソール・・・ごめ、ん・・さい・・・
 今ま、であなたに・・・母親、らしいことなんて何も・・・」

「もう、喋るなよ・・・
 分かった、分かったから・・・!!」

「刻・・・印に選ばれたの、は偶然・・なんかじゃ、ない・・・
 あな、たの、運・・・命・・・」

「っ!!喋るなっつてんだろ!!」

「この世界、のど、こかに存在す・・・神の世界へと続く扉を、探・なさい・・
 そこに・・全て、の、答えはあ・・るのだから・・・」

「・・・っ」

「最後、くらい・・・
 はは、親・・らし、事・・・出来な、くって・・ごめ・・・ね?」

「・・・か、・・・あさんっ!!」

オレは何年ぶりだろう、刻印刻印とやたらうるさくなってから
親と認めていなかった人を、母さんと呼んだ。

「・・っ!・・・あ、り・がと・・」

それが最後の言葉だった・・・

「っっ!!」

母さんの体はすっかり冷たくなり、
もはやピクリとも動かない・・・

「かあさん!!かあさん!!
 う、うわああああああああああああ!!」

それはそのとき突然輝き出した。
オレの右目が、この刻印が!!

「ま、まさかあのガキ、このタイミングでだと!?」

「うっうわああああああああああああああああ!!」

オレはその場にいた敵を全て消した。
跡形もなく、息の根を止めてやった・・・
どうやってやったかなんて覚えていない。
ただ分かるのは"刻印"の力だという事・・・

オレは敵を消した後、生きている人間を置いて地上に出た。
そこは、あるものは死体、瓦礫のみ・・・
その中には、体に何本もの槍が突き刺さった父親がいた。

オレは目の前で大切な者を失った。
オレは何て、何て無力でどうしようもない・・・

「オレは・・・一体何なんだ・・・!!
 オレは、オレはっ!!」

「まだ生き残りがいたぞ!!
 ・・・っ、あの目はまさか!!隊長がやられたのか!?」

地上で父親達と戦っていた奴等だろう。
奴等は続々とオレ周りに集まって来た。

死のう・・・死んでみんなの所へ行こう・・・
そうすれば何もかもが楽になる・・・

『この世界のどこかに存在する 神の世界へと続く扉を探しなさい・・・
 そこに全ての答えはあるのだから・・・』

「っ!!」

右目を押さえ、

「探すさ・・・探してやるさっ!!
 そうすれば全て分かるんだろ!!
 この目が!!オレの運命が!!」

もちろんあの連中もだ!!
必ず、必ず後ろで糸を引いている奴がいる!!
そいつらも全て見付けて殺してやるっ!!

オレは残りの敵から黒幕を吐かせるため、
色々な手を使い奴等を痛めつけた。
だがどんなに痛めつけても奴等は何も喋らない。
結局、オレの拷問に耐え切れず敵は全員死んだんだ。

唯一ある手掛かりといえば、奴らが着ていた上着・・・
その袖に描かれた銀色の狼のマーク・・・それのみだ。

オレは宛てもなく彷徨った。
ただ、母が言った扉、銀色の狼のマークを探して・・・

いつだったか、ある遺跡で出会ったんだったな。
エイジ・・・お節介な、本当の兄みたいな奴だった・・・

オレは奴に誘われてハンターになった。
そこだったら世界中の色々な情報が手に入る。
そこだったら"神の世界へと続く扉"、
オレの村を襲った銀色の狼の黒幕、
何かしらの情報があると思った。

何より、こいつならオレは本当に信頼出来る仲間だと思った。
でもエイジはオレの仲間じゃなかったんだ・・・

いや・・・違う。
あいつはオレの事を信じてくれていた・・・
信じていなかったのはオレ・・・

あいつはオレの事を本当の仲間だと思ってくれた。
オレが拒絶していたんだ、全てを・・・





「っ!!」

ソールの瞳から涙が流れた。

「オレは・・・もうあんな後悔はしたくない・・・
 オレは無力なままは嫌だ・・・っ!!」

「だったらオレと一緒に来い!!
 オレ達は無力じゃないんだっ!!」

「オレは、オレは・・・っ!!」